エドワード2世(Edward II、1284年ウェールズ・カーナーヴォン生まれ - 1327年グロスターシャー州バークリー没)は、1307年から1327年まで在位したイングランド国王です。
生い立ちと即位
エドワード2世は1284年、ウェールズのカーナーヴォン城において、「長脚王」の異名を持つ強力なイングランド王エドワード1世の息子として誕生しました。1307年の父王の死去に伴い王位を継承し、翌1308年にはフランス王フィリップ4世(端麗王)の娘イザベル・オブ・フランスを王妃として迎えています。
寵臣政治と王権の衰退
しかしエドワード2世は、自ら積極的に国政を執り行うことなく、寵愛する側近たち、特に有力貴族ヒュー・ル・デスペンサー父子に政治を委ねてしまいました。この専横を極める寵臣政治に対して諸侯の不満が高まり、父の時代に確立された王権は急速に衰退していきました。
スコットランドの喪失
治世最大の転換点となったのは、1314年のバノックバーンの戦いです。エドワード2世率いるイングランド軍は、スコットランド王ロバート・ブルースに決定的な敗北を喫し、スコットランドに対するイングランドの支配権を事実上失うこととなりました。
廃位と最期
1320年代後半、王妃イザベル自身が反乱の旗振り役となり、これに呼応した男爵(諸侯)たちの蜂起によってエドワード2世はついに廃位へと追い込まれました。退位後、彼はバークリー城に幽閉されますが、その直後に暗殺されたと伝えられています。