社会保障の起源
中世から近代にかけて、健康保険や職業保険に相当する役割を果たしていたのは、各業種ごとのギルド(同業組合)でした。組合員たちは互いに出資金を積み立て、病気や事故の際にお互いを支え合う相互扶助の仕組みを築いていたのです。
フランス革命期には、こうした伝統を発展させる形で「相互扶助協会(ムチュアリテ)」が誕生しました。以降、19世紀のあらゆる政権がこれらの協会を支援することになります。
1898年:相互扶助憲章が制定され、「相互扶助協会」が行政統制から解放されました。これにより民間初の本格的な相互扶助組織が育成されるとともに、国民的連帯の原則が保障されます。すなわち、資力を持たない病気のフランス人すべてに医療扶助が提供されることが定められたのです。
1928年:ポアンカレ内閣のもとで新たな法律が成立し、雇用契約を結ぶすべての労働者が、疾病・出産・障害・老齢・死亡といったリスクに対して保険で保護されるようになりました。
1945年10月

主要人物
ピエール・ラロック
アンブロワーズ・クロワザ
制度創設の経緯
早くも1944年、ナチス・ドイツの占領軍とヴィシー政権に敵対する各レジスタンス運動を結集した組織である国民抵抗評議会(CNR)は、解放後のフランスのための政治綱領を採択していました。この綱領には、普遍的かつ強制加入の社会保障制度の創設が盛り込まれていました。
この構想は、1945年の解放直後に実現します。10月4日および10月19日に発布された二つの政令がそれです。これらの政令は、高級官僚でありながらレジスタンス活動にも身を投じ、初代社会保障庁長官となったピエール・ラロックの尽力と、フランス共産党(PCF)所属代議士アンブロワーズ・クロワザの構想によって形作られました。
こうして生まれた社会保障制度は、次の三つの原則に基づいています。
- 単一組織の原則:一元的な機関が制度全体を担う。
- 共同財源の原則:使用者と労働者双方の拠出金によって運営資金を賄う。
- 民主的管理の原則:労働組合と使用者団体というすべての社会的パートナーが基金の管理に関与する。
単一の社会保障制度を作るというCNRの野心的な構想は、この制度がカバーするリスクと対象者がフランス全人口へと拡大されるにつれて、次第に現実のものとなっていきました。
その後の展開と影響
- 1947年:社会保障制度の適用範囲が公務員にも拡大されました。
- 1967年:薬剤の段階的な保険適用除外の導入により、社会保障財政の初めての建て直しが図られました。また、社会保障は老齢・家族・疾病の各部門に対応する四つの基金へと再編されました。
- 1988年:収入の少ない25歳以上の人々を対象とした最低生活保障手当(RMI)が創設されました。