古代の歴史

ローマ条約とEEC(欧州経済共同体)の創設

1957年3月25日にイタリア・ローマで調印されたローマ条約は、欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(ユーラトム)を創設した、欧州統合史上の重要な転換点です。ここでは、条約成立に至るまでの経緯、その内容と意義、そして後世への影響を詳しく解説します。

ローマ条約への道のり

  • 1951年: ベルギー、フランス、西ドイツ(FRG)、イタリア、ルクセンブルク、オランダの6か国が統合し、欧州域内の貿易促進と将来の戦争防止を目指す組織「欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)」を創設するパリ条約に調印。
  • 1954年: フランス議会が「欧州防衛共同体(EDC)」構想を否決し、政治面でのヨーロッパ統合は挫折。
  • 1955年: EDC失敗による問題を解決すべく、ECSC加盟6か国の閣僚級会合が開催される。このメッシーナ会議では、共同市場の創設を掲げ、経済分野におけるヨーロッパ統合の原則が定められた。
  • 1956年: ベルギーのポール=アンリ・スパーク外相が、関税同盟に関する報告書(通称・スパーク報告)を発表。共同市場と原子力エネルギーの2つの共同体創設を盛り込み、ローマ条約の基礎を築いた。
  • 1956年: スパークの主宰のもと、共同市場とユーラトムに関する政府間会議がベルギーのヴァル・デュシェス城で開幕。関税障壁の撤廃に消極的な姿勢を見せるフランスが交渉の中心となり、この協議がローマ条約調印への準備となった。

調印の日 — 1957年3月25日

ローマ条約とEEC(欧州経済共同体)の創設

主要人物

  • ポール=アンリ・スパーク(ベルギー外相)
  • コンラート・アデナウアー(西ドイツ首相)
  • ジャン・モネ(欧州統合の父)

条約の手続きと内容

ヴァル・デュシェスでの交渉を経て、「ヨーロッパの6か国」の代表者たちは1957年3月25日、ローマに集い、2つの別個の条約に調印しました。一方は共同市場の創設に関するもの(EEC=欧州経済共同体)、他方はユーラトム(欧州原子力共同体)の設立に関するものです。そのため、厳密には単数形ではなく「ローマ諸条約(Treaties of Rome)」と呼ぶのが正確です。

共同市場設立条約の主な目的は、商品がヨーロッパ全域で自由に流通できる法的枠組みを提供することでした。これにより、加盟6か国間の関税障壁の撤廃が実現へと向かいます。さらに、この条約は後に展開されるさまざまな共通政策の基礎をも築きました。

一方、ユーラトムは、大陸のエネルギー自給を確保するため、民生用原子力分野での欧州協力を実現したいというフランスの構想から生まれたものです。フランスはさらに、民生用原子力への欧州の財政支援が、核兵器開発への足がかりにもなることを期待していました。ローマ条約は冷戦真っ只中(1956年のハンガリー動乱など)で成立しており、東西両陣営の対立が生む緊張は、「第三の勢力」たるヨーロッパの建設に大きな影響を与えたのです。

その後の影響

  • 1958年: ストレーザ会議がローマ条約を基盤に共通農業政策(CAP)の開始を決定し、1962年に発効。
  • 1973年: イギリス、デンマーク、アイルランドの加盟による最初の拡大。
  • 1986年: 単一欧州議定書が共同市場を深化させ、「内部市場」として再定義。
  • 1992年: マーストリヒト条約により欧州市民権が創設され、EUへの道が開かれる。
  • 1995年: シェンゲン協定により、加盟国間の人の自由移動が実現。