古代の歴史

マーストリヒト条約とは?EU誕生の決定的瞬間を解説

マーストリヒト条約への道のり

マーストリヒト条約は突然生まれたものではなく、数十年にわたる欧州統合の流れの中で準備されてきました。条約締結までの主要な出来事を振り返ります。

  • 1957年: 3月25日、ローマ条約(EU運営条約の前身)が調印され、ヨーロッパ経済共同体(EEC)が誕生しました。
  • 1988年: 欧州理事会が経済通貨同盟の段階的な実現という目標を掲げ、ジャック・ドロール委員長率いる委員会にその検討を指示しました。
  • 1989年: ベルリンの壁が崩壊し、ドイツ再統一へと大きく動き出します。東欧諸国でも共産主義政権が次々と倒れ、民主化の要求が高まる一方で民族主義的な動きも表面化。こうした情勢が、ヨーロッパ統合を強化する必要性を間接的に後押ししました。
  • 1989年: ドロール委員会が、単一通貨の導入に先立ち、EEC加盟国間の為替レートを恒久的に固定することを提言しました。
  • 1991年: 欧州理事会が、EEC加盟国によるより緊密な同盟の枠組みについて予備的合意に到達しました。

調印の日 ― 1992年2月7日

マーストリヒト条約とは?EU誕生の決定的瞬間を解説

条約に関わった主な人物

  • ヘルムート・コール(当時の西ドイツ首相)
  • フランソワ・ミッテラン(当時のフランス大統領)
  • ジャック・ドロール(当時の欧州委員会委員長)

条約の内容と手続き

1992年2月7日、フランスを含むヨーロッパ経済共同体(EEC)加盟12カ国は、オランダの都市マーストリヒトにおいて、マーストリヒト条約(正式名称:欧州連合条約/TEU)に調印しました。これは、ヨーロッパ各国が連合体を形成していくプロセスにおける決定的な一歩となりました。

マーストリヒト条約は、1950年代に活躍した「ヨーロッパの父たち」と呼ばれる人々の構想の一部を実現するものでした。すなわち、ヨーロッパをもはや経済協力の枠組みだけではなく、政治協力によっても結び付ける、新たな統合の形を具体化したのです。

具体的には、マーストリヒト条約は従来のEECを廃止し、それに代わる「ヨーロッパ連合(EU)」を創設しました。これは加盟国間のより広範な超国家的協力の枠組みであり、以下の3つの分野、いわゆる「三本柱」から構成されます。

  • 経済協力
  • 共通外交・安全保障政策(CFSP)における協力
  • 司法・内務協力(JHA)

さらにこの条約では、単一通貨であるユーロの創設が計画されました。加えて、加盟国のすべての国民に与えられる欧州市民権が初めて制度化されたことも重要なポイントです。

条約批准の過程では、フランスのフランソワ・ミッテラン大統領が国民投票によって国民の承認を求め、「賛成」が僅差で勝利しました。一方、デンマークでも同様の国民投票が実施されましたが、当初は「反対」が優勢でした。その後、デンマークに対する例外措置が認められたことで、国民は最終的に条約を受け入れることとなりました。

条約の影響とその後

  • 1993年11月1日: マーストリヒト条約が正式に発効し、欧州連合(EU)がスタートしました。
  • 2007年: リスボン条約が締結され、マーストリヒト条約の多くの規定が大幅に見直されました。