古代の歴史

エセックス|アングロサクソン時代のイングランドにおける東サクソン王国

エセックス(Essex)は、アングロサクソン時代のイングランドに存在した王国の一つで、いわば「東サクソン人(East Saxons)」の国です。現在のイギリス・イングランド東部にあるエセックス州という地名も、この王国の名前に由来しています。

初期の入植と領域

エセックスは初期の定住地域であり、その版図は当初、現在のミドルセックス(歴史的カウンティ)の範囲まで含んでいたと考えられています。中心地はロンドンでした。また、考古学調査の成果は、新たな移住者の多くがヨーロッパ大陸から渡来したサクソン人であったことを示唆しています。

マーシア・ウェセックスへの従属

エセックスは、他の王国と君主を共有する場合がありました。664年以降、その支配者たちはイングランド中部の強国マーシア(Mercia)に服属する立場となります。

825年にはウェセックス(Wessex)の支配下に置かれました。当初はウェセックス王の王子たちが統治する従属王国として存続しましたが、860年以降は独自の王国としての存在を失うことになりました。

デーン人の獲得とウェセックス朝による回復

878年、アルフレッド大王とデーン人(ヴァイキング)の王グズルム(Guthrum)との間で交わされた条約により、エセックスはデーン人勢力の手に渡ります。しかし10世紀初頭にはウェセックス王朝がこの地を奪還し、以後はもともと王室の家政官僚であったオールドマン(ealdormen)と呼ばれる貴族たちによって統治されるようになりました。

キリスト教の受容と宣教師ケッド

エセックスは、キリスト教を全面的に受け入れるまでに長い時間を要した土地でもありました。中でも重要な役割を果たしたのは、ノーサンブリア出身の宣教師ケッド(Cedd)(664年没)です。彼ゆかりの教会は、今日もブラドウェル・オン・シー(Bradwell-on-Sea)にその姿を留めています。