古代の歴史

ディミトリ・アミラクヴァリ――グルジア王子、ビル・アケイムの英雄

ディミトリ・アミラクヴァリ――グルジア王子、ビル・アケイムの英雄

外人部隊の歴史において、異邦の貴族がその徽章のもとで戦った例は数多くあります。なかでも際立って存在感を放つのが、グルジア(現ジョージア)の王子にしてビル・アケイムの英雄、ディミトリ・アミラクヴァリです。

北欧の凍土で戦うコーカサスの巨漢

1940年のナルヴィク遠征において、外人部隊第13半旅団第8支援中隊を指揮していたのは、正真正銘のグルジア王子でした。彼の一族は、ボリシェヴィキ政権とロシア帝国主義の圧迫を逃れて故郷を離れたのです。巨漢の体格を誇るこのコーカサス人の名は、ディミトリ・アミラクヴァリといいました。彼は自らの意志で、七つの炎が描かれた外人部隊の徽章のもとに身を置くことを選びます。

彼の指揮下にはドイツ人、ハンガリー人、スペイン人の隊員がおり、彼らは熱意をもって反ファシズムの闘いに参加しました。氷結するノルウェーの荒涼とした大地で、彼らの小さな57mm砲は過酷な任務を担いました。そしてこの地で、連合軍は1940年における唯一の勝利を収めることになるのです。

自由フランスへの道

イギリスに集結した第13半旅団第2大隊の多くの隊員たちは、戦いを続けるため自由フランスに加わることを決意しました。アミラクヴァリのように、運命の分岐点で決断を下した指導者たちについていく形です。

1940年7月1日、900人の隊員がロンドンに集まり、新しい部隊が編成されました。これらの志願兵たちはダカール上陸作戦では失敗を喫しますが、リーブルヴィルの占領には成功します。続いてイタリア軍を相手とするエリトリア戦役、さらにヴィシー政権側のフランス軍と対峙するシリア戦役が待ち受けていました。

中佐に昇進したアミラクヴァリ王子は、コーニグ将軍率いる自由フランス第1師団に2個大隊が組み込まれた第13半旅団全体の指揮を執ることとなります。

ビル・アケイム包囲戦の英雄

完全に包囲されたビル・アケイムにおいて、隊員たちは比類なき不屈の戦いぶりを示しました。10日間に及んだこの包囲戦は、アミラクヴァリを「ビル・アケイムの英雄」として歴史に刻むことになります。彼は部下たちを死の罠から脱出させ、エジプト国境まで導き抜いたのです。

そして報復の時が訪れます。モントゴメリー将軍率いる名高いイギリス第7機甲師団と肩を並べて戦うときが来たのです。第13半旅団は西へと転進し、エル・ヒンマイヤットの激戦に参加しました。

エル・アラメイン決戦前夜の死

1942年10月24日、部隊長アミラクヴァリは弾片がこめかみを直撃し、倒れました。こうして、エル・アラメインの決戦を迎える前夜、外人部隊史上最も名高い将校の一人がこの世を去ったのです。

解放勲章コンパニオン(解放の友)にも列せられたアミラクヴァリ中佐は、ノルウェーのフィヨルドの地から「名誉と忠誠」をもって付き従ってきた隊員たちに見守られながら、砂漠の砂の中に永遠の眠りにつきました。