ジェリコの壁とは何か
ジェリコの壁(Walls of Jericho)は、現在のパレスチナ・ヨルダン川西岸地区に位置する古代都市ジェリコ(エリコ)の遺跡テル・エス=スルタンで発見された、巨大な石積みの城壁です。この城壁は新石器時代の紀元前8000年頃に築かれたもので、人類史上最古級の要塞施設として世界的に知られています。
城壁は少なくとも高さ4メートルに達し、そのそばには高さ約8.5メートルの円形の石造り見張り塔(ジェリコの塔)が併設されていました。これらの建造物は、定住する農耕集落とその生活を支える貴重な水源を、外部からの侵入者から守るために建設されたと考えられています。
構造と規模
ジェリコの壁は、基部の幅が約1.5〜1.8メートルある堅固な石積みで、外壁の外側には岩盤を掘削して作られた幅約8メートルの濠(ほり)まで巡らされていました。これは単なる土地の境界線ではなく、防御を目的とした本格的な軍事建築であったことを物語っています。
隣接する石造りの塔は、基部の直径約9メートル、内部には22段の石階段が備えられており、その用途については、敵の襲来を監視するための防御塔とする説のほか、共同体内の権威の象徴や儀礼的な役割を果たしたとする説など、さまざまな議論が研究者の間で交わされています。
発掘調査の歴史
ジェリコの遺跡では、20世紀初頭以降、複数回にわたって発掘調査が行われてきました。1907年から1909年にかけてのドイツによる調査に始まり、1930年代にはジョン・ガースタングが、1950年代にはイギリスの考古学者キャスリーン・ケニオンが精密な発掘を実施しました。これにより、城壁と塔の存在、そしてそれらが驚くほど古い時代のものであることが科学的に裏付けられました。
聖書との関係
旧約聖書の「ヨシュア記」には、イスラエルの人々がラッパの音とともにジェリコの城壁を崩し落としたという有名な物語が記されています。ただし、考古学的に確認された城壁は紀元前8000年頃の遺構であり、聖書の物語の時代よりはるかに古いものです。このため、聖書の記述と考古学的な痕跡との対応関係については、今日でもなお活発な議論が続いています。
歴史的意義――最古の「軍事技術」
狩猟用の武器は何千年ものあいだ人類に使われてきましたが、ジェリコの壁は、考古学者が発見した技術の中で明確に純粋な軍事目的のために建設された最古の例と位置づけられています。農耕と定住が始まった新石器時代、人々は自らの食料や資源、水源を守るために大規模な防衛施設を築くようになったのです。
「世界最古の町」とも称されるジェリコ。その城壁と塔は、人類が初めて「防衛」という概念を建築というかたちで表現した証として、考古学および歴史学において極めて重要な意味を持つ遺構といえるでしょう。