古代の歴史

フランス領西アフリカ(AOF)とは|歴史・領域の変遷から各国の独立まで

フランス領西アフリカ(AOF)とは

フランス領西アフリカ(仏:Afrique Occidentale Française、略称AOF)は、1895年から1958年までの約60年間、西アフリカに点在するフランス領土を統括するために設けられた行政上の連合体(連邦)です。総督府は当初セネガルのサンルイに置かれ、1902年にダカールへ移転しました。

連邦の発足と構成領域

AOFの発足当時の中核となったのは、以下の4つの植民地です。

  • セネガル
  • フランス領ギニア(現ギニア)
  • コートジボワール(象牙海岸)
  • フランス領スーダン(現マリ)

1899年にはダホメ(現ベナン)がこれに加わり、連邦の範囲が大きく広がりました。

フランス領西アフリカ(AOF)とは|歴史・領域の変遷から各国の独立まで

度重なる領域の再編

上セネガル・ニジェールの成立

1903年、スーダン地方の一部は「セネガンビエ=ニジェール(Sénégambie-Niger)」として整理され、翌1904年には上セネガル・ニジェール(Haut-Sénégal-Niger)へと再編されました。ほぼ同じ頃、モーリタニアもフランス領西アフリカの管轄下に編入されています。

フランス領スーダンへの改称

1920年、上セネガル・ニジェールはフランス領スーダンへと改称されました。また、東部のニジェール地域も1922年には独立した植民地として分離しています。

上ヴォルタの設立と消長

上ヴォルタ(オート=ヴォルタ、現ブルキナファソ)の植民地は1919年に設立されました。しかし1932年には一旦廃止され、その大部分はコートジボワールへ併合されました(一部はフランス領スーダンとニジェールに編入)。その後、1947年に連邦の領域として復活を果たしています。

連邦の解体と独立へ

1958年、第五共和政の発足を問う国民投票の結果、各領域はフランス共同体(Communauté)内の自治共和国としての地位を選択しました。これにより、フランス領西アフリカはここに解体されます。

1960年には旧連邦構成地域が相次いで完全な独立を達成しました。フランス領スーダンは一時セネガルと「マリ連邦」を結成しましたが、同年セネガルが離脱したため、単独でマリ共和国として独立しています。

現在につながる国名

かつての上ヴォルタは、1984年に国名をブルキナファソへと改め、今日に至っています。AOF時代に引かれた行政区画は、現在の西アフリカ諸国の国境線や国家の枠組みに大きな影響を残し続けています。