古代の歴史

マドセン軽機関銃――世界初の実用軽機関銃、100年以上活躍した伝説の武器

マドセン軽機関銃――世界初の実用軽機関銃、100年以上活躍した伝説の武器

マドセンは単なる兵器ではありません。誕生から100年以上もの間、世界中の戦場で使われ続けた「生ける伝説」です。1902年、デンマークのウィレム・ヘルマン・オルフ・マドセン、ユリウス・ラスムッセン、テオドール・スーボエの3人によって開発されたこの銃は、世界初の本格的な軽機関銃として火器史上にその名を刻んでいます。名称は、制式採用を承認したデンマーク陸軍大臣マドセン大佐にちなんで付けられました。

開発の始まり

1883年、当時大尉だったマドセンは、名工ラスムッセンとともに「半自動連発式ライフル」の製作に着手しました。当初この銃は8mm黒色火薬弾を使用していましたが、後に無煙火薬弾へと変更されています。しかし最初のモデルは成功とは言えず、1886年の改良モデルでも生産はわずか50~60挺にとどまり、要塞などに配備される程度でした。

会社の設立とさらなる進化

1898年、投資家たちが発明者から権利を買い取り、商用化を目指すDRS社を設立しました。その頃、マドセン自身は陸軍大臣に就任しています。1899年にはスーボエ中尉が同社の経営を引き継ぎ、無煙火薬を使用する6.5mm弾を発射できるよう武器の改良を進めました。

新型弾薬との組み合わせにより、マドセンは複合反動方式を用いて優れた性能を発揮するようになります。その後も改良が重ねられ、8mm、7mm、6.5mm、7.92mm、7.65mm、7.62mm、.303インチ、.30インチ、さらに7.62x51mm NATO弾といった多様な口径で生産・改造されました。なお1905年には、イギリスのRexer社がライセンス契約なしでこの銃を模倣・生産したこともあります。

34か国で使用された第一次世界大戦

第一次世界大戦の前後および大戦中、マドセンは実に34か国で使用されました。ドイツの精鋭突撃部隊として名高いシュトーストルッペ(Stoßtruppe)もこの銃で武装していたのです。ロシア帝国陸軍は1,250挺を調達し、日露戦争(1904~05年)において騎兵部隊に装備させました。さらに帝政ロシア空軍では、モラーヌ・ソルニエG型およびL型航空機への搭載も行われています。

世界各地での戦歴

ボリシェヴィキと戦ったチェコスロバキア軍団もまた、マドセンを使用していました。1920年代から1936年にかけては、中国各地の軍閥勢力がこの銃を大量に運用したことでも知られています。南米ではチャコ戦争においてパラグアイがボリビアに対してマドセンを投入しましたが、皮肉なことに敵対するボリビア側も同じくマドセンを調納していました。

アルゼンチン陸軍の部隊や、ブラジルから供給されたイタリア製CV-35軽戦車にも搭載されました。オランダ軍でも広く使用され、ヨーロッパではドイツ軍と、極東では日本軍と戦っています。

第二次世界大戦と戦後

ノルウェー軍と、言うまでもなくデンマーク軍にとって、マドセンは分隊支援の主力火器でした。デンマーク占領後も、ドイツ軍のために生産は続けられます。デンマーク陸軍は1955年までこの銃を使い続けました。

アイルランドも、調達したスウェーデン製ランズヴェルクL60軽戦車用としてマドセンを採用しています。ポルトガルは1960年代から70年代の植民地戦争でこの銃を実戦投入しました。そしてブラジルが7.62x51mm NATO弾仕様の最後の使用者となり、2008年まで現役で運用し続けたのです。

主な性能諸元

  • 重量:約9.07kg
  • 給弾方式:25~40発入り箱型弾倉(口径により異なる)
  • 発射速度:毎分約450発
  • 銃口初速:6.5x55mm弾使用時にて毎秒870m

世界初の実用軽機関銃として誕生し、一世紀にわたり数え切れないほどの紛争に姿を見せたマドセン。その長い生涯は、優れた基本設計がいかに時代を超えたものであり得るかを物語っています。