古代の歴史

中東上空のMiG-21――イスラエルと戦ったソ連製戦闘機の戦史

中東上空のMiG-21――イスラエルと戦ったソ連製戦闘機の戦史

冷戦の象徴、MiG-21

MiG-21は、冷戦期におけるソ連航空産業の代名詞的存在だった。その登場は西側諸国に大きな衝撃と警戒をもたらしたが、イスラエルとの実戦で明らかとなった弱点への対策が進むにつれ、その懸念は次第に薄れていった。

このソ連製戦闘機は長年にわたり、エジプト、イラク、シリア各空軍の主力として配備され、主にイスラエルの西側製戦闘機を相手に幾多の空中戦を展開した。最初の交戦記録は1964年にさかのぼるが、このときは撃墜には至らなかった。

六日間戦争――圧倒的な損害

イスラエルが初めてMiG-21を撃墜したのは1966年夏のことだった。続く1967年4月7日には、シリアのMiG-21六機がイスラエルのミラージュ戦闘機によって撃墜されている。興味深いことに、この時期にシリアのパイロットたちが編み出したのが、後に「コブラ機動」として知られるようになる「速度ゼロ」機動だった。

第三次中東戦争(六日間戦争)の開戦直後、イスラエル空軍はアラブ側を四波に分けて猛攻撃した。第一波でエジプトのMiG-21七機の撃墜を主張し、エジプト側もイスラエル機五機の撃墜を主張している。

第二波ではエジプトのMiG-21四機、第三波ではシリア機二機とイラク機一機の撃墜を主張。第四波は地上に駐機していたシリアのMiG-21数機を破壊した。こうして開戦わずかのうちに、エジプトは保有110機のうち約100機のMiG-21を失い、シリアも60機のうち35機を喪失するという壊滅的打撃を受けたのである。

「消耗戦争」の時代

六日間戦争の後、両陣営は一連の限定的な作戦、いわゆる「消耗戦争」に突入した。1967年から70年にかけて、イスラエルはエジプトのMiG-21六機を撃墜し、自らは二機を失った。さらにシリアのMiG-21二十五機の撃墜を主張したが、シリア側もイスラエル機七機の撃墜を主張した。ただし、イスラエルはこの損失を認めていない。

ソ連の直接介入

1970年3月、ソ連は自国製の航空機や地対空ミサイルに加え、ソ連人パイロットや「顧問」たちをエジプトに大規模に投入した。同年4月13日、ソ連パイロットはイスラエルのF-4ファントム二機の撃墜を主張。4月18日には別のF-4がMiG-21の攻撃を受けて被弾したものの、撃墜は免れた。6月22日にはソ連パイロットがイスラエルのA-4スカイホークを撃墜し、6月25日にも再びA-4一機が撃墜されている。

事態を重く見たイスラエルは、7月30日に「リモン作戦」を発動。MiG-21に巧みな偽装攻撃を見せてソ連パイロットをおびき寄せ、待ち伏せの罠に嵌め込んだのである。この空中戦で少なくともMiG-21四機が撃墜され、ソ連人パイロット三名が命を落とした。ソ連は8月7日、イスラエルのミラージュ二機を撃墜して報復した。

1970年3月から8月までの間に、ソ連側は計13機のイスラエル戦闘機撃墜を主張し、一方で自らは五機を失ったとされる。

さらに1973年9月、イスラエルとシリアの戦闘機による大規模な空中戦が発生。イスラエルはシリアのMiG-21十二機の撃墜を主張したのに対し、シリアは五機の損失を認めつつ、イスラエル機八機の撃墜を主張した。

ヨム・キプル戦争とレバノン侵攻

第四次中東戦争(ヨム・キプル戦争)では、イスラエルがエジプトのMiG-21七十三機の撃墜を主張した一方、エジプト側もイスラエル機三十五機の撃墜を主張した。しかしこの数字は明らかに誇張されている。イスラエルが同戦争を通じて空中戦で失った機体は十五機未満にとどまっていたからだ。

シリア正面では、開戦日の10月6日にシリアのMiG-21がイスラエルのA-4一機とミラージュIII一機を撃墜したが、自らも三機を失った。翌7日には、シリアはF-4二機、ミラージュ三機、A-4一機の撃墜を主張し、自軍の損失は二機とした。同じ日、イラクのMiG-21部隊もイスラエルのA-4二機の撃墜を主張し、一機を失っている。さらに10月8日には、シリアのMiG-21がイスラエルのF-4三機の撃墜を主張したものの、逆に六機を失う結果となった。

停戦までに、シリアのMiG-21は通算三十機のイスラエル戦闘機撃墜を主張し、イスラエル側もMiG-21二十九機の撃墜を主張した。

F-15・F-16時代――技術格差の拡大

ヨム・キプル戦争後、アラブ諸国のMiG-21はさらに苦しい立場に置かれることになった。イスラエルがF-15とF-16という当時最新鋭の戦闘機を導入したためだ。イスラエルの主張によれば、これらの新型機はシリアのMiG-21二十四機を撃墜したという。シリアはイスラエル戦闘機五機の撃墜を主張したが、この戦果は確認されていない。

そして1982年のレバノン戦争では、イスラエルはシリアのMiG-21四十五機の撃墜を主張。シリア側は確実な撃墜二機、おそらく撃墜十五機を主張した。実際には、MiG-21との格闘戦においてF-15二機とF-4一機が被弾しており、旧式化しつつあるとはいえ、依然として無視できない脅威であり続けたことがうかがえる。