プリマスロックでの攻撃を裏付ける証拠はない
ネイティブアメリカンがプリマスロックで巡礼者(ピルグリム・ファーザーズ)を攻撃したという確かな歴史的証拠は存在しません。1620年12月、メイフラワー号でニューイングランドに到着したピルグリムたちは、現在のマサチューセッツ州プリマスにある「プリマスロック」と呼ばれる岩の場所に上陸しましたが、上陸時に先住民から襲撃を受けたという記録は残っていません。
ピルグリムとワンパノアグ族の平和的な関係
実際には、ピルグリムたちと現地の先住民であるワンパノアグ族との間には、当初友好的な交流が築かれていました。ワンパノアグ族の偉大な指導者マサソイトは、1621年にピルグリムたちと相互防衛を定めた和平協定を締結します。この協定は両者の間で50年以上にわたって維持された、当時としては非常に珍しく安定した関係でした。
スクアントの果たした重要な役割
両者の架け橋となったのが、英語を話すことができた先住民スクアント(Tisquantum)です。彼は以前、ヨーロッパ人によって連れ去られた経験がありましたが、故郷へ戻った後、ピルグリムたちにトウモロコシの栽培方法や魚を肥料として使う農業技術などを伝えました。厳しい冬を乗り越え、新天地で生き延びるために、この知識は決定的に重要でした。
その後の関係はどう変化したのか
もちろん、その後の時代に緊張が高まらなかったわけではありません。入植者が増加するにつれて土地をめぐる対立が深刻化し、1675年には「フィリップ王戦争」と呼ばれる大規模な紛争が勃発しました。しかし、これらの衝突はプリマス上陸から数十年後の出来事であり、最初期のピルグリムと先住民の関係は、概して協力的で平和なものであったという点は歴史家の間でも広く認められています。
まとめ
プリマスロックでネイティブアメリカンが巡礼者を攻撃したという事実はありません。むしろ、ワンパノアグ族との友好関係やスクアントの支援があったからこそ、ピルグリムたちは過酷な環境を生き延びることができました。両者が協力し合うことで、それぞれの共同体の存続が可能になったのです。