古代の歴史

ユスティニアヌス1世の死後、ビザンツ帝国が失った領土とは?

6世紀の東ローマ(ビザンツ)皇帝ユスティニアヌス1世(在位527年〜565年)は、西地中海の旧ローマ帝国領を再征服し、帝国を歴史上最大の規模に拡大させました。しかし、565年に彼が死去すると、後継者たちはこの広大な領土を守りきれず、各地で次々と領土を失っていくことになります。

イタリア

560年代にランゴバルド人がイタリアに侵入すると、彼らは短期間で半島の大部分を征服しました。ビザンツ帝国はラヴェンナ、ローマ、ナポリといった一部の沿岸都市と南部のかろうじて保持するにとどまりました。

北アフリカ

7世紀の中頃(640年代〜650年代)には、アラブ・イスラーム勢力が北アフリカへ進出しました。ユスティニアヌスが再征服したカルタゴを中心とする地域を奪われたことで、ビザンツ帝国による北アフリカ支配は終わりを迎えました。

バルカン半島

6世紀末から7世紀にかけて、スラヴ人やブルガール人がバルカン半島へ侵入し、次第に定住を進めました。ビザンツ帝国はこの地域の大部分に対する実効的な支配権を失うことを余儀なくされました。

中東(シリア・パレスチナ・エジプト)

同じく7世紀には、アラブ軍がシリア、パレスチナ、エジプトなど中東の広範な地域を征服しました。特にエジプトは帝国の重要な穀倉地帯であり、その喪失はビザンツ経済に深刻な打撃を与えました。

まとめ

ユスティニアヌス1世の死後、ビザンツ帝国はイタリア、北アフリカ、バルカン半島、そして中東という広大な領土を相次いで失いました。それでも帝国は小アジア(アナトリア)を新たな基盤として存続し、その後も約千年にわたり東地中海の強国として君臨し続けることとなります。