古代の歴史

1621年の感謝祭にヨーロッパ人は出席していたのか?その真相を解説

1621年の感謝祭、ヨーロッパからの出席者はいなかった

1621年に行われた最初の感謝祭(収穫感謝祭)には、ヨーロッパから派遣された公式な代表者や要人は一人も出席していませんでした。

この歴史的な祝宴は、新天地アメリカで暮らすピルグリム・ファーザーズ(イギリスから渡った清教徒移民たち)と、先住民族であるワンパノアグ族との間で交わされたものであり、あくまで現地で生まれた交流の場でした。

実際に宴に参加していたのは誰?

当時の記録によると、1621年の秋にプリマス植民地で開かれた収穫祭には、入植者約50人と、首長マサソイト率いるワンパノアグ族の戦士約90人が参加し、3日間にわたって共に食事や狩猟を楽しんだと伝えられています。

メニューには七面鳥のほか、鹿肉、トウモロコシ、カボチャ、貝類など、北米大陸で手に入る食材が並んだと考えられています。

この出来事の歴史的意義

この宴会は、入植者と先住民が助け合った関係を象徴する出来事として、後世に「最初の感謝祭」として語り継がれることになりました。

ただし、当時は「感謝祭」という名称ではなく、豊作を神に感謝する単なる収穫祭でした。アメリカの国民的な祝日として感謝祭が正式に定められたのは、それから約240年後の1863年、リンカーン大統領の時代になってからです。