千年の時を生きる「現役」の城
イングランド南部ウェスト・サセックス州の町アランデルを見下ろすように建つアランデル城は、1067年頃にノルマン貴族ロジャー・ド・モンゴメリーが築いたのが始まりとされる、イギリス最古級の城の一つです。12世紀にはウィリアム・ダルビニによって石造の要塞へと再建され、以来およそ950年にわたり、フィッツアラン家からハワード家へと受け継がれてきました。
数多くの城が観光施設へと姿を変える中、アランデル城は今日まで一貫してノーフォーク公爵家の居城であり続けてきた点で特別です。ここでは、この城にゆかりのある歴史的な有名人たちをご紹介します。
ヘンリー・フィッツアラン(第12代アランデル伯、1512–1580)
チューダー朝期のアランデル城を代表する人物が、第12代アランデル伯ヘンリー・フィッツアランです。ヘンリー8世からエリザベス1世に至る歴代の君主に仕えた重鎮であり、貴族院議員として国政に関わるとともに、イングランド大侍従(Lord High Steward)という名誉ある職務も務めました。特にメアリー1世の即位・戴冠の際には、大侍従として中心的な役割を果たしたことで知られています。
聖フィリップ・ハワード(第13代アランデル伯、1557–1595)
ヘンリー・フィッツアランの一人息子フィリップ・ハワードは、若くしてカトリック信仰へと改宗しました。当時のイングランドではカトリック信仰が禁じられており、彼は反逆罪で逮捕され、ロンドン塔に10年以上幽閉された末、1595年に獄中でこの世を去りました。
しかしその信仰は決して忘れられることはなく、1970年に教皇パウロ6世により「イングランドとウェールズの四十殉教者」の一人として列聖されました。「聖フィリップ・ハワード」の名で今も敬愛される彼は、アランデル城とハワード家の歴史において特別な存在です。
トマス・ハワード(第14代アランデル伯、1585–1646)— 通称「収集家伯爵」
フィリップ・ハワードの孫にあたるトマス・ハワードは、イギリス美術収集史上に燦然と輝く人物です。その情熱的な収集ぶりから「コレクター・アール(The Collector Earl)」と呼ばれ、画家ルーベンスやヴァン・ダイクと親交を結び、ホルバイン、デューラー、ブリューゲルといった巨匠の名品を数多く手に入れました。彼のコレクションの一部は、後のロンドン国立美術館(ナショナル・ギャラリー)創設コレクションの核となったことでも知られています。
ヘンリー・ハワード(第15代アランデル伯・第5代ノーフォーク公、1628–1684)
トマス・ハワードの孫ヘンリー・ハワードは、清教徒革命で失われていたノーフォーク公爵位を、1660年の王政復古とともに見事に取り戻した人物です。熱心なカトリックでありながら激動の時代を巧みに生き抜き、家門の再興を成し遂げると同時に、荒廃していたアランデル城の再建にも力を注ぎました。以降、ハワード家は今日までアランデル城を守り続けています。
城を蘇らせた歴代ノーフォーク公爵たち
18世紀末には第11代ノーフォーク公チャールズ・ハワードが城の大規模な改修を行い、19世紀には第15代ノーフォーク公ヘンリー・フィッツアラン=ハワードが、ヴィクトリア朝様式による壮大な改修・復興事業を指揮しました。彼はまた、初代アランデル&サリー伯爵としても知られ、カトリック解放に尽力した人物でもあります。
王室との深いゆかり
アランデル城は古くから王室とのつながりが深く、歴代の君主や王族が訪れた記録が数多く残っています。なかでも1846年にはヴィクトリア女王とアルバート公が夫妻で城を訪問し、これを記念して図書室が整備されたことは有名です。現在も城内には王室ゆかりの品々が展示され、その由緒を今に伝えています。
現代のアランデル城
現在、アランデル城は第18代ノーフォーク公エドワード・フィッツアラン=ハワードとその家族が所有し、実際に暮らしている、イギリスでも数少ない「現役」の貴族の城です。城の一部は季節限定で一般公開されており、絢爛な室内装飾、膨大な美術コレクション、そして美しい庭園を楽しむことができます。
千年にわたり多くの著名人を育み、受け入れてきたアランデル城。その石壁には、イングランドの歴史そのものが刻まれているのです。