前提の訂正:入植者は何年も待っていなかった
「イギリス人入植者が植民地への帰還を何年も待った」という見方には、実は誤解が含まれています。歴史的事実としては、最初の入植者たちは1607年にジェームズタウンに入植して以来、1610年まで一貫してそこに留まり続けました。つまり、彼らが長年待ってから戻ったということはなかったのです。
ジェームズタウンと「飢餓の冬」
1607年に設立されたジェームズタウンは、北米大陸におけるイングランド初の恒久的植民地でした。しかし、その歴史は決して順風満帆なものではありませんでした。特に1609年から1610年にかけての冬は「飢餓の冬(スターヴィング・タイム)」と呼ばれ、深刻な食料不足、病気の流行、周辺の先住民族との緊張などにより、入植者の大多数が命を落とすという悲劇に見舞われました。
1610年の一時的な放棄と即時の帰還
1610年5月、生き残った入植者たちは植民地の維持を断念し、船でイングランドへの帰還を試みます。しかし、ジェームズ川を下ったところで、新総督デラウェア卿(トマス・ウェスト)率いる補給船団と遭遇しました。彼らはその日のうちに引き返してジェームズタウンへ戻り、植民地の再建に着手したのです。
このように、入植者が植民地を離れた期間はごく短く、「何年も経ってから戻った」わけではありません。彼らは1607年から1610年までジェームズタウンに留まり続け、その後も植民地は存続し、後のバージニア植民地へと発展していきました。