アメリカ南北戦争(1861年〜1865年)の時点で、スー運河(Soo Canal)はまだ存在していませんでした。つまり、戦争中にこの運河が何らかの目的で使用されたということは一切ありません。
スー運河の建設は南北戦争の後
最初のスー運河として知られる「セントメアリーズ滝船舶運河(St. Marys Falls Ship Canal)」の建設が始まったのは1876年のことです。そして完成したのは1881年で、南北戦争が終結してからおよそ16年後のことでした。
スー運河とはどのような運河か
スー運河は、ミシガン州スーセントマリーとカナダ・オンタリオ州スーセントマリーの間にあるセントメアリーズ川の急流を迂回するために建設された運河で、現在では「スー閘門(Soo Locks)」として知られています。スペリオル湖とヒューロン湖を結ぶこの水路は、五大湖航路の中でも最も重要な要衝の一つとなっています。
もし戦争中に存在していたら?
仮に南北戦争中にスー運河が存在していたとしても、主な戦場は東部および南部にあったため、五大湖地域への直接的な軍事的影響は限定的だったと考えられます。ただし、鉄鉱石や穀物などの物資輸送において五大湖水路が果たせる役割は大きく、北軍の経済基盤を支える重要なインフラになり得たでしょう。