「南北戦争中、ジェームズ農場(ジェームズ・ファーム)は北軍兵士によって何度焼き払われたのか?」という問いに対する答えは、意外にも「一度も焼き払われていない」です。
結論:全焼した記録は存在しない
歴史的な記録を調べても、南北戦争中にミズーリ州カーニーのジェームズ農場が北軍兵士によって完全に焼き払われた、つまり全焼したという確かな証拠は一切見つかりません。そのため、「何回焼き払われたか」という問いへの答えは、実質的にゼロ回となります。
ジェームズ農場とはどんな場所?
ジェームズ農場は、アメリカ西部開拓時代の無法者として名高いジェシー・ジェームズと、その兄で南軍ゲリラ兵だったフランク・ジェームズの少年時代を過ごした家として知られています。現在は博物館として保存されており、多くの歴史愛好家や観光客が訪れるスポットとなっています。
北軍との因縁はあった
ただし、「まったく無関係だった」というわけではありません。ジェームズ一家は南軍側に同情的な立場にあり、戦争中、北軍や民兵による襲撃や嫌がらせにたびたび見舞われたと伝えられています。
特に有名なのは1863年の出来事で、北軍兵士らがフランク・ジェームズの居場所を聞き出そうと、継父である医師ルーベン・サミュエルを縛り上げて拷問し、家族を脅迫したとされています。このような過酷な体験が、ジェシー・ジェームズがゲリラ活動へ身を投じる一因になったとも言われています。
まとめ
南北戦争中のジェームズ農場は、北軍による襲撃や脅迫の対象にはなりましたが、建物が焼き払われた、あるいは全焼したという歴史的証拠は存在しないのが事実です。映画や伝説の中で誇張されたイメージと、実際の記録の間には大きな隔たりがあるのです。