古代の歴史

ピルグリムたちはバージニアに上陸したのか?プリマス上陸の真実を解説

結論:ピルグリムたちはバージニアには上陸していません

「ピルグリム(巡礼者)たちはなぜバージニアに上陸したのか」という問いは、実は誤った前提に基づいています。歴史的事実として、ピルグリム・ファーザーズ(Pilgrims)がバージニアに上陸したことはありません。彼らが新大陸に足を踏み入れたのは1620年11月のことで、その場所は現在のアメリカ合衆国マサチューセッツ州にあたります。まずケープコッドの先端に到達し、その後、対岸のプリマス(Plymouth)に入植地を築きました。

そもそも当初の目的地は「バージニア植民地」だった

とはいえ、ピルグリムたちの当初の計画では、行き先は北米東海岸の南寄り、当時「バージニア植民地」の管轄とされていたハドソン川河口付近でした。メイフラワー号には、この地域への入植を認める特許状(土地特許)が与えられていたためです。

なぜプリマスに上陸することになったのか

1620年9月にイングランドのプリマス港を出航したメイフラワー号は、北大西洋で激しい嵐に見舞われ、航路を大きく北へ逸れました。そして11月にケープコッド沖へ到着します。南下してハドソン川を目指そうとしたものの、付近の浅瀬と荒れた海流があまりに危険だったため断念し、最終的にケープコッド湾を渡ってプリマス・ロックのある場所に錨を下ろしました。

また、予定地から外れて上陸したことで、彼らは元の特許状の管轄外に置かれることになりました。そこで船上で「メイフラワー誓約(Mayflower Compact)」と呼ばれる自治の取り決めに調印し、入植地の秩序を保つ基礎を築きました。この文書は、後のアメリカにおける自治政府の思想の原型の一つとされています。

プリマス入植地のその後

過酷な最初の冬には、乗員・乗客の半数近くが病気や飢えで命を落としました。しかし、先住民族ワンパノアグ族やスクァント(ティスカンタム)らの支援を受けてトウモロコシなどの栽培法を学び、翌1621年の秋には豊作を祝う収穫祭――いわゆる「最初の感謝祭」――を行ったと伝えられています。プリマス植民地は、ニューイングランド地方で最も古い恒久的なイングランド人入植地の一つとなりました。

まとめ

ピルグリムたちはバージニアには上陸しておらず、1620年に現在のマサチューセッツ州プリマスに上陸しました。目的地自体はバージニア植民地北部(ハドソン川河口付近)でしたが、嵐による漂流と航行上の危険によって航路が変わった結果、プリマスが彼らの新たな故郷となったのです。