古代の歴史

オランダの植民地とピルグリムは別物?両者の違いをわかりやすく解説

結論から言うと、オランダの植民地はピルグリムの一部ではありません。この二つは、出身国も目的も設立時期も異なる、まったく別個の存在でした。

ピルグリムとはどんな人々だったのか

ピルグリム(巡礼者)とは、イングランド出身の清教徒(ピューリタン)たちのことです。彼らは母国での宗教的迫害を逃れるため、1620年にメイフラワー号に乗って大西洋を渡り、北米へと旅立ちました。

彼らが到着したのは現在のアメリカ合衆国マサチューセッツ州にあたる地域で、そこに「プリマス植民地」を築きました。宗教的自由を求めて新天地を目指した点が、ピルグリム最大の特徴といえます。

オランダの植民地「ニューネーデルラント」とは

一方、オランダの植民地は、オランダ西インド会社によって1624年に建設されました。場所は現在のニューヨーク州に相当する地域で、中心地として築かれたのが「ニーウ・アムステルダム」(現在のニューヨーク市マンハッタン)です。

この植民地は、宗教的な動機よりも、毛皮交易などの商業活動を目的とした経済拠点としての性格が強いものでした。

二つの植民地の主な違い

  • 出身国: ピルグリムはイギリス人、オランダ植民地の建設主体はオランダ
  • 設立年: ピルグリムは1620年、オランダ植民地は1624年
  • 目的: ピルグリムは宗教的自由の追求、オランダは商業・交易の拠点化
  • 場所: プリマス植民地はマサチューセッツ、オランダ植民地は現在のニューヨーク周辺

このように、ピルグリムとオランダの植民地は、時代こそ近いものの、それぞれ独立した別個の植民地として発展していきました。混同されがちですが、歴史的には明確に区別される存在なのです。