古代の歴史

アーサー王は本当にお城に住んでいたのか?歴史的事実を解説

アーサー王は本当に「お城」に住んでいたのか?

アーサー王伝説といえば、石造りの壮大な城や円卓の騎士たちを思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、歴史上のアーサー王――もし実在したとしても――が城に住んでいた可能性はきわめて低いと考えられています。

城がヨーロッパに普及したのは12世紀以降

アーサー王が生きたとされるのは6世紀頃です。一方、ヨーロッパで城(キャッスル)が本格的に建てられ始めたのは、それから数百年後の12世紀に入ってからのことでした。ノルマン・コンクエスト(1066年)以降にモット・アンド・ベーリー型の城が広まり、やがて石造りの城へと発展していきます。つまり、アーサー王の時代には、私たちがイメージするような城はまだ存在していなかったのです。

では、アーサー王はどこに住んでいたのか?

当時のブリテンの王や族長が拠点としていたのは、主に次のような場所だと考えられています。

  • 丘上要塞(ヒルフォート):鉄器時代以来の防御施設を再利用した、丘の上に築かれた砦です。土塁や木柵で守られたこの種の要塞は、サマセット州のカドベリー・キャッスルなど、後世にアーサー王ゆかりの地と伝えられる場所にも見られます。
  • 大広間(ホール):木造の大きな広間を中心とした住居で、王や族長が家臣たちと集い、宴を開く政治的・社交的な中心でもありました。

まとめ

壮大な石造りの城は、あくまで後世の中世の人々による想像や創作の産物です。歴史上のアーサー王が実在したなら、その暮らしは華やかな城ではなく、土塁と木柵に囲まれた丘上要塞や、焚き火の灯る大広間でのものだったと考えられています。