結論から言えば、これは誤りです。古代アッシリア帝国は、都市を占領した後も征服した人々を故郷にそのまま留めることを許しませんでした。むしろ、その逆と言えるほど徹底的な政策を実行していました。
アッシリアの「強制移住政策」とは
アッシリアは、征服地域の人々に対して大規模な強制移住(デポルテーション)を行ったことで知られています。具体的には、征服した土地から数万人単位で住民を連れ去り、帝国の他の地域へ強制的に再定住させました。同時に、別の征服地から人々を移入させ、元の住民と混ぜ合わせることで、民族としての結束を弱める手法も用いられました。
なぜ強制移住が行われたのか
この政策には明確な戦略的目的がありました。
- 反乱の防止: 故郷から引き離された人々は、組織的な抵抗や蜂起を起こしにくくなります。
- 支配の安定化: 元の住民がいなくなれば、征服地の統治は格段に容易になります。
- 同化の促進: 異なる土地へ移された人々は、やがてアッシリアの文化や言語に同化していきます。
- 労働力・兵力の確保: 移住させられた人々は、帝国の建設事業や農業、軍事などに活用されました。
歴史上の具体例
有名な例としては、紀元前722年頃にアッシリアが北イスラエル王国の首都サマリアを陥落させた際、多くのイスラエル人がメソポタミア各地へ強制移送されたことが挙げられます。これが後に「失われた十部族」伝説につながったとされています。
まとめ
アッシリアが征服民を故郷に残すことを許したという説は事実に反します。彼らはむしろ大規模な強制移住と再定住、そして同化政策によって征服地を支配し、帝国全体の反乱を抑え込んでいたのです。