古代の歴史

ナポレオンの統治はどこで終わったのか?セントヘレナ島での最期

フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの統治は、南大西洋に浮かぶ孤島セントヘレナ島で終わりを迎えました。

ワーテルローの敗北と最後の亡命

1815年6月、ナポレオンはベルギーで行われたワーテルローの戦いにおいて、ウェリントン公率いるイギリス軍とプロイセン軍の連合軍に決定的な敗北を喫しました。この敗戦により、彼は再び帝位を追われることになります。

その後、ナポレオンはイギリスへ降伏し、大西洋上のセントヘレナ島への流刑を命じられました。同島はアフリカ西岸から約1,900キロメートル離れた絶海の孤島であり、脱出はほぼ不可能とされていました。ヨーロッパから遠く離れたこの地が選ばれたのは、前回の流刑先であるエルバ島から脱出し復位したという前例があったためです。

セントヘレナ島での晩年

ナポレオンは島内のロングウッド・ハウスと呼ばれる邸宅で暮らし、監視下のもとで余生を過ごしました。湿気の多い気候や厳しい監視体制の中で、彼の健康状態は次第に悪化していったといわれています。

そして1821年5月5日、ナポレオンは51歳でこの世を去りました。死因は公式には胃がんとされていますが、その死をめぐっては砒素(ヒ素)中毒によるものではないかとの説も存在し、現在でも議論の対象となっています。

歴史に残る「最後の旅路」

ナポレオンの遺体は当初セントヘレナ島に埋葬されましたが、1840年にフランスへ改葬され、現在はパリのオテル・デ・ザンヴァリッド(廃兵院)に眠っています。栄光と転落を極めた彼の人生は、セントヘレナ島という小さな島で静かに幕を閉じたのです。