古代の歴史

第一次世界大戦中のオスマン帝国の指導者は誰?メフメト5世と「三パシャ」の実態

第一次世界大戦期のオスマン帝国の君主:メフメト5世

第一次世界大戦(1914年~1918年)当時、オスマン帝国のスルタンとして君臨していたのはメフメト5世です。彼は1909年に即位し、1918年に亡くなるまで帝位に就いた、帝国最後期を代表する君主の一人でした。

しかしながら、メフメト5世は決して強力な支配者とは言えませんでした。むしろ優柔不断で存在感の薄い君主であり、帝国の政治や軍事に関する実権は、ほとんど彼の手にはありませんでした。

実権を握っていた「三パシャ」

当時のオスマン帝国を事実上動かしていたのは、「三パシャ」と呼ばれる軍人グループです。彼らは統一と進歩委員会(青年トルコ党)の中核をなし、皇帝に代わって国政を主導していました。三パシャとは次の3人を指します。

  • エンヴェル・パシャ:陸軍大臣兼参謀総長
  • タラート・パシャ:内務大臣、後に大宰相
  • ジェマル・パシャ:海軍大臣

この3人は、オスマン帝国を第一次世界大戦へと導いた中心人物です。ドイツ側(中央同盟国)との同盟を選択し、参戦を決断しましたが、その結果帝国は壊滅的な打撃を受け、やがて崩壊への道をたどることになります。

メフメト5世の死と後継者メフメト6世

メフメト5世は1918年7月に死去し、弟であるメフメト6世がスルタン位を継承しました。しかし、そのわずか数か月後に第一次世界大戦は中央同盟国の敗北に終わり、オスマン帝国は講和条約による領土喪失を経て、1922年に正式に消滅します。

つまり、第一次世界大戦期のオスマン帝国とは、名目上はメフメト5世が統治したものの、実際には三パシャの判断によって戦争へと突き進んだ時代だったのです。