古代の歴史

モンスの戦いの死者数は?古代ローマとカレドニア族の激突「モンス・グラウピウスの戦い」を解説

「モンスの戦い」として広く知られる戦いは、歴史上あまり明確には記録されていません。ただし、紀元83年から84年頃に現在のスコットランド北部で行われたモンス・グラウピウスの戦い(Battle of Mons Graupius)が、この質問の対象として最も有力な候補と考えられます。

モンス・グラウピウスの戦いとは

この戦いは、ローマ帝国の総督アグリコラ率いるローマ軍と、指導者カルガクスに率いられたカレドニア人部族連合との間で交わされた戦闘です。歴史家タキトゥスの記録によれば、訓練されたローマ軍団が圧倒的な勝利を収めたと伝えられています。

両軍の死者数

古代の史料であるタキトゥスの『アグリコラ伝』によると、この戦いの犠牲者数は以下のように記されています。

  • ローマ軍:約360名が戦死
  • カレドニア側:約10,000名が戦死

なお、これらの数字はローマ側の視点で書かれた記録に基づいているため、敵対部族の被害が実際よりも誇張されている可能性がある点には留意が必要です。

第一次世界大戦の「モンの戦い」との混同に注意

また、「モンスの戦い」という名称は、1914年にベルギーのモンス近郊で行われた第一次世界大戦の戦闘(モンの戦い)を指す場合もあります。こちらではイギリス遠征軍がドイツ軍と交戦し、約1,600名の死傷者を出したとされています。どちらの戦いを指すのかによって答えは大きく異なるため、文脈を確認することが重要です。