ポンペイにキリスト教が伝わったのはいつ?
結論から言えば、ポンペイにキリスト教が本格的に伝わることはありませんでした。その最大の理由は、ポンペイの滅亡があまりにも早かったことにあります。
キリスト教の始まりとポンペイの滅亡
キリスト教は、イエス・キリストの復活(紀元30年~33年頃)を起点として、エルサレムから地中海世界へと広がり始めました。しかし当時はまだ信仰のごく初期段階であり、教えは主にユダヤ人コミュニティやローマ帝国の東部地域を中心に、ゆっくりと伝播していました。
一方のポンペイは、紀元79年にヴェスヴィオ火山の大噴火に襲われ、火砕流と大量の火山灰によって街全体が埋没しました。この壊滅的な噴火により、繁栄していた商業都市ポンペイは一瞬にして歴史から姿を消し、以後およそ1700年間、地下に眠り続けることになります。
噴火の時点でキリスト教はまだ届いていなかった
つまり、ポンペイが滅んだ紀元79年の時点では、キリスト教の成立からまだ半世紀足らずしか経っていませんでした。この非常に短い期間の中で、新興の宗教であるキリスト教がポンペイまで伝わり、現地に定着することはなかったのです。もしポンペイが存続していれば、後にローマ帝国で国教となるキリスト教が伝わった可能性はありますが、それは実現しませんでした。
「キリスト教の痕跡」をめぐる議論
なお、発掘調査の過程で、石膏型に十字架に似た形が確認されたことなどから、「実はポンペイにも少数のキリスト教徒がいたのではないか」という説が唱えられたことがあります。しかし、これらは偶然できた形状である可能性が高く、現在ではポンペイにキリスト教徒が存在したことを裏付ける確固たる考古学的証拠はないと考えられています。
まとめると、ポンペイはキリスト教が伝わる前の紀元79年に噴火で滅亡したため、同地にキリスト教が導入されることはありませんでした。