なぜ「ドゥームズデイ・ブック」と呼ばれたのか?
1086年、イングランド王ウィリアム1世(征服王ウィリアム)の命により、イングランドおよびウェールズの一部を対象とした大規模な土地調査が実施されました。この調査の結果をまとめた記録こそが、有名な「ドゥームズデイ・ブック(Domesday Book)」です。
この調査は、土地の所有者、土地の価値、資源や家畜の数に至るまで、当時としては驚異的なほど綿密かつ網羅的に記録されていました。その徹底ぶりから、人々はこの書物を、地上での行いに応じてすべての魂が神によって裁かれる日――すなわち「最後の審判(ドゥームズデイ)」になぞらえました。一度記載されれば覆しようがない、まさに審判のような絶対性を備えていたことが、この名称の由来となったのです。
誰が「ドゥームズデイ・ブック」と名付けたのか?
「ドゥームズデイ・ブック」という名称を最初に用いたのは、12世紀の歴史家(年代記作者)であるリチャード・オブ・イーリー(Richard of Ely)だとされています。
彼は、この書物には最後の審判の日に必要となるあらゆる情報が余すところなく記録されていると考え、その名を冠しました。つまりこの名前には、「隠しごとのない、すべてが明記された究極の台帳」という意味が込められていたのです。
なお、ドゥームズデイ・ブックは当初、課税の基準を作るために編纂されましたが、現在では中世イングランドの社会や経済を知るうえで最も貴重な一次史料の一つとされています。