古代の歴史

清教徒とピルグリムは宗教なのか?両者の違いをわかりやすく解説

清教徒とピルグリムは「宗教」ではなく「宗教集団」

17世紀に北米大陸へ移住した清教徒(ピューリタン)とピルグリム(巡礼者)は、それぞれ独立した宗教というよりも、プロテスタントに属する宗教集団(信徒グループ)でした。両者に共通するのは、聖書を信仰における唯一の権威とみなす姿勢です。しかし、神への礼拝のあり方や救済に対する考え方には、大きな違いがありました。

清教徒(ピューリタン)とはどんな人々?

清教徒は、カルヴァン主義と呼ばれる厳格なプロテスタントの流れをくむ人々でした。カルヴァン主義の中心にあるのは「予定説」で、神があらかじめ一部の人々を救済へ、他の人々を滅びへと定めていると考えます。さらに、善行を積んでも救いを得ることはできず、救済は神の恵み(恩寵)によってのみ与えられるというのが、彼らの揺るぎない信念でした。

ピルグリム(巡礼者)とはどんな人々?

一方のピルグリムもプロテスタントでしたが、清教徒とは異なる救済観を持っていました。彼らはすべての人に救われる可能性があると信じ、神の戒めに従う生活を送ることで救済へ近づけると考えていました。1620年にメイフラワー号で新大陸へ渡り、プリマス植民地を築いたことで広く知られています。

両者の違いがもたらしたもの

このように、清教徒とピルグリムはどちらも宗教的な集団でありながら、救済の捉え方や礼拝の形式において異なる信念を抱いていました。こうした宗教的な背景の違いは、礼拝方法や教会の運営方針の差となって現れ、やがて北米植民地社会の形成にも深い影響を与えていったのです。