古代の歴史

ハラルド・ハドラーダはどこに埋葬されたのか?ヘイスティングスの戦いとの誤解と真実

ハラルド・ハドラーダはヘイスティングスの戦いには参戦していない

よく見かける疑問ですが、ノルウェー王ハラルド3世シグルズソン(通称:ハラルド・ハドラーダ)は、1066年10月14日のヘイスティングスの戦いには参加していません。ヘイスティングスで激突したのは、イングランド王ハロルド・ゴドウィンソンと、ノルマンディー公ギヨーム(後の征服王ウィリアム)の両軍です。

ハラルド・ハドラーダが最期を迎えたのは、それより数週間前の1066年9月25日、ヨーク近郊で行われたスタンフォード・ブリッジの戦いにおいてでした。

ハラルド・ハドラーダの死因

『ヘイムスクリングラ』などの北欧サガによれば、ハラルドはこの戦いで喉(気管)に矢を受けて戦死したと伝えられています。イングランド軍の急襲を受け、甲冑を着けないまま応戦していたところへの不意の一撃だったといわれています。

ハラルド・ハドラーダの埋葬地

戦死後、ハラルドの遺体は生き残ったノルウェー兵たちによって故国へ運ばれたと伝えられます。後世の伝承では、遺体はおよそ1年後にトロンハイム(当時のニーダロス)へ移され、ニーダロス大聖堂または同地の教会に改めて埋葬されたとされています。

ただし、これらの埋葬に関する記録は中世のサガや年代記に基づく伝承であり、正確な埋葬場所を裏付ける考古学的な証拠は確認されていません。

まとめ

ハラルド・ハドラーダはヘイスティングスの戦いではなく、スタンフォード・ブリッジの戦い(1066年9月25日)で喉に矢を受けて戦死しました。遺体はノルウェーのニーダロス(現トロンハイム)に運ばれ、そこに埋葬されたと伝えられています。