古代の歴史

リチャード獅子心王はサクソン人?ノルマン人?その正体は意外にも「アンジュー家」

結論:リチャード獅子心王はサクソン人でもノルマン人でもなかった

イングランド王リチャード1世、通称「獅子心王(ライオンハート)」は、サクソン人でもノルマン人でもありませんでした。彼の出自はアンジュー家(Angevin)——フランスにルーツを持つ貴族の家系です。

アンジュー家とはどんな家系?

アンジュー家は、フランス西部のアンジュー地方を本拠地とした貴族の家系です。リチャードの父であるヘンリー2世はフランスのアンジュー伯であり、後にイングランド王位に就きました。この家系は後に「プランタジネット朝」と呼ばれ、15世紀末まで約330年間にわたってイングランドを統治することになります。

父ヘンリー2世と母アリエノール・ダキテーヌ

ヘンリー2世がイングランド王になれたのは、母方からの王位継承権に加え、アリエノール・ダキテーヌ(アキテーヌのエレノア)との結婚が大きな要因でした。アリエノールは当時ヨーロッパ最大級の領土を抱えるアキテーヌ公国の女公であり、この結婚によってヘンリーはフランス西部の広大な領地を手に入れました。1154年、彼はイングランド王として即位し、イングランドとフランス西部を併せ持つ、いわゆる「アンジュー帝国」と呼ばれる大領域を築き上げます。

リチャードの生い立ちと治世

リチャードは1157年9月8日、イングランドのオックスフォードで生まれました。しかし、彼の人生の大半はフランスの領地で過ごしており、日常的にはフランス語系の言葉を使っていたとされています。1189年に父の死を受けてイングランド王に即位したリチャードは、翌1190年から始まる第三回十字軍に参加し、その武勇ぶりから「獅子心王」の異名を得ました。在位は1199年に戦傷で死去するまでの10年間ですが、その間にイングランド国内へ滞在したのはわずか数ヶ月程度とも言われています。

なぜ「サクソン人かノルマン人か」という疑問が生まれるのか

この疑問の背景には、1066年のノルマン・コンクエスト(ノルマンディー公ウィリアムによるイングランド征服)があります。それ以前のイングランドはアングロ・サクソン人の王朝が統治していましたが、征服以降はノルマン人が王位を握りました。リチャードの時代においても、イングランドの支配層は依然としてフランス語を話すノルマン系貴族が中心でした。しかし、プランタジネット朝の王家はノルマン朝の直系ではなく、フランスのアンジュー家から興った新しい王朝だったのです。

まとめ

リチャード獅子心王は、サクソン人でもノルマン人でもなく、フランス起源のアンジュー家(後のプランタジネット朝)の出身です。父ヘンリー2世はアンジュー伯からイングランド王となり、母アリエノール・ダキテーヌとの結婚がその礎となりました。リチャード自身はイングランド生まれながら、文化や生活の面ではむしろフランス色の強い王だったと言えるでしょう。