古代の歴史

ガイ・フォークスが国会議事堂の爆破を企てた1605年、イングランドを治めていたのは誰?

1605年11月5日、ガイ・フォークスによる国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)爆破計画、いわゆる「火薬陰謀事件」が発覚した当時、イングランドを統治していたのはジェームズ1世(King James I)でした。

スコットランド王からイングランド王へ

ジェームズ1世は、もともとスコットランド王として「ジェームズ6世」の名で即位していました。1603年、イングランドのエリザベス1世が後継者を残さないまま亡くなると、血縁にあたるジェームズがイングランド王位を継承し、「イングランド王ジェームズ1世」となりました。これにより、イングランドとスコットランドは同君連合という形で結ばれることになります。

火薬陰謀事件とは何だったのか

火薬陰謀事件(Gunpowder Plot)は、カトリック教徒たちがプロテスタントである国王ジェームズ1世や議会議員を一挙に排除しようと企てた陰謀です。計画では、貴族院(上院)の地下に大量の火薬を仕掛け、議会開会式の際に国王もろとも議事堂を爆破する予定でした。

しかし計画は事前に漏洩し、1605年11月4日深夜から5日にかけて行われた捜索で、地下貯蔵室に潜み36樽もの火薬を見張っていたガイ・フォークスが逮捕されました。彼は厳しい尋問の末に共犯者の名を明かし、関係者たちは処刑されました。

現代に残る出来事の記憶

この事件を記念して、イギリスでは毎年11月5日に花火とかがり火を楽しむ「ボンファイヤー・ナイト(篝火の夜)」という伝統が生まれました。ガイ・フォークスの人形を燃やす風習は今日まで受け継がれており、400年以上経った今もイギリス文化の中に深く根付いています。