古代の歴史

ポール・リヴィアはどのようにウィリアム・ドーズと知り合ったのか?真夜中の騎行の真実

アメリカ独立戦争の幕開けを告げた「真夜中の騎行」で知られるポール・リヴィアとウィリアム・ドーズ。この二人がどのように出会ったのかについては、誤解されやすい部分があります。実は、二人は最初から一緒に騎行したわけではなく、別々のルートから出発し、途中で偶然出会ったのです。

1775年4月18日の夜、二人の伝令

1775年4月18日夜、ボストンの愛国者たちは、イギリス正規軍がコンコードへ向けて進軍するという情報をつかみました。当時レキシントンに滞在していたサミュエル・アダムズとジョン・ハンコックへの警告、そして周辺の民兵への通報のため、二名の騎手が任務に就きました。それがポール・リヴィアとウィリアム・ドーズです。

別々のルートから出発した二人

重要なのは、二人が当初から行動を共にしていなかったという点です。

ウィリアム・ドーズは、陸路(ボストン・ネック)を抜け、ルーベリーやブルックライン、ケンブリッジを経由して西へ向かいました。

一方のポール・リヴィアは、チャールズ川を小舟で渡ってチャールズタウンへ移り、そこからメッドフォード方面へ馬を飛ばしました。有名な「陸からの進軍なら1つ、海からの進軍なら2つ」とされる旧北教会のランタン合図も、この夜のために用意されたものです。

レキシントンでの偶然の出会い

まったく異なるルートを進んだ二人でしたが、深夜0時頃、レキシントンのハンコック=クラーク邸前で偶然顔を合わせます。アダムズとハンコックが滞在するこの家を、二人とも同じ目的で目指していたためです。こうして、それぞれ単独で走っていた伝令同士が、初めて合流することになりました。

その後の運命はそれぞれに

二人はその後、コンコード方面へ向かう途中でサミュエル・プレスコット医師と合流します。しかしリンカーン付近でイギリス軍の巡邏隊に遭遇し、リヴィアは捕らえられ、ドーズは逃走の末に引き返しました。結果として、コンコードまで警報を届けきったのはプレスコットだけだったと伝えられています。

まとめ

つまり、リヴィアとドーズは事前に綿密な計画を立てて旅を共にしたわけではなく、別々に出発し、レキシントンで偶然出会ったのです。詩や映画で描かれるような「二人の共同騎行」というイメージとは異なり、実際の真夜中の騎行は、個別の任務を帯びた複数の伝令によるものでした。