17世紀半ばのイングランド内戦(清教徒革命)では、国王を支持する「王党派(キャバリアーズ)」と、議会を支持する「議会派(ラウンドヘッズ)」が激しく対立しました。王党派は単一の勢力ではなく、複数の階層や集団によって支えられていました。ここでは、その主要な構成メンバーを詳しく見ていきましょう。
1. 国王チャールズ1世
王党派の中心にいたのは、いうまでもなく国王チャールズ1世その人です。彼は「王権神授説」――すなわち、国王の権威は神から直接与えられたものであり、人間が制約できるものではないという思想――を固く信じていました。この信念こそが、議会との深刻な対立を招く大きな一因となりました。
2. 宮廷(コート)
宮廷は国王の家族や側近たちで構成され、その多くは富と権力を誇る貴族でした。彼らは国王からの恩恵を受ける立場にあったため、王政の維持を強く望んでいました。
3. イングランド国教会
イングランド国教会も王党派を強く支持しました。同教会は国王を教会の最高の長と位置づけており、主教制度を守るうえでも君主制の存続が不可欠だと考えていたのです。
4. ジェントリ(郷紳)
地主階級であるジェントリや一部の商人も国王を支持しました。彼らにとって最大の動機は、議会派に見られる急進的な政治思想や宗教的過激主義への恐怖でした。既存の社会秩序を重んじる層ほど、伝統的な王政を支持する傾向が強かったといえます。
5. 大学
オックスフォード大学やケンブリッジ大学などの大学も、その大部分が王党派でした。大学は聖職者を養成する機関としてイングランド国教会と密接に結びついており、自然と王室支持の色合いが濃くなっていたのです。
まとめ
このように王党派は、国王・宮廷貴族・国教会・ジェントリ・大学という多様な勢力からなる連合体でした。彼らに共通していたのは、伝統的な秩序と宗教的安定を守りたいという願いです。しかし、こうした王党派と議会派の対立は、やがてイングランド全土を内戦へと巻き込んでいくことになりました。