ハトシェプスト(Hatshepsut)は、古代エジプト新王国時代・第18王朝に君臨した女王であり、正式なファラオとして即位した数少ない女性です。エジプト史上最も成功したファラオの一人とされ、その権力の背景には複雑で重要な家系図が関わっていました。
父と母:トトメス1世と王妃アフモセ
ハトシェプストの父は、紀元前16世紀初頭に約13年間統治したファラオ、トトメス1世です。トトメス1世には二人の妻がいました。第一の妻である大后妃アフモセと、第二の妻ムトノフレトです。ハトシェプストは、トトメス1世とアフモセの間に生まれた二人目の子であり、唯一の娘でした。
異母兄弟たち
母ムトノフレトとの間に、トトメス1世には数人の息子がいました。
- アメンモセ … 王子として生まれましたが、若くして世を去り、王位に就くことはありませんでした。
- ウアジムセ … 同じく早逝し、王位継承を果たせなかった王子です。
- トトメス2世 … 父の死後にファラオとして即位し、約13年間エジプトを統治しました。
結婚と摂政:トトメス2世との関係
王家の血統を守り、正統性を強めるため、ハトシェプストは異母兄弟であるトトメス2世と結婚しました。これは当時の王室における慣習的な政略結婚でした。二人の間には一人娘ネフェルウラーが生まれています。
トトメス2世の死後、王位を継いだのは、側室イセトとの間に生まれた幼い息子トトメス3世でした。ハトシェプストはまず甥にあたるこの幼王の摂政として政治を主導しましたが、やがて自らファラオとして即位し、トトメス3世と共同統治を行うようになります。こうして彼女は、約20年にわたりエジプトの実権を握ったのです。
家系図が物語るもの
ハトシェプストの家系図は、彼女がいかにして権力を握り、男性中心の社会でファラオの座を正当化したかを理解するうえで非常に重要です。父トトメス1世の直系の血を引くこと、そして先代ファラオの未亡人という立場は、彼女に強力な正統性を与えました。王族との緊密な結びつきを背景に支持を固めたハトシェプストは、エジプト史上屈指の平和と繁栄をもたらす治世を築き上げたのです。