はじめに
金のイヤリングを身につけた船乗りの姿は、映画や小説の中でよく描かれるロマンチックなイメージです。「昔の水兵はみんなイヤリングをしていた」と信じている人も少なくありません。しかし、このイメージが史実に基づいているかというと、実はそう単純ではありません。
チューダー朝時代の実際のところ
歴史的な記録を調べると、チューダー朝(1485年〜1603年)の時代に、イギリスの船乗りたちが日常的にイヤリングを身につけていたという確かな証拠はほとんど存在しません。当時の一般の水兵の間で、イヤリングが広く普及したファッションだったとは言えないのです。
では、なぜ「イヤリングの船乗り」というイメージが定着したのでしょうか。ここにはいくつかの有名な伝説が関係しています。
船乗りとイヤリングを結びつける有名な伝説
埋葬料としての金のイヤリング
最もよく知られているのが、「遭難して亡くなった船乗りが浜辺に打ち上げられた際、耳についた金のイヤリングが埋葬費用の代わりになった」という逸話です。身元不明の死体でも、金のイヤリングがあれば丁重に埋葬してもらえる——そんな実用的な理由で身につけていたという説です。ただし、これを裏付ける同時代の記録は乏しく、後世になって語られるようになった話である可能性が高いとされています。
迷信としての役割
また、「イヤリングをつけると視力が良くなる」「船酔いを防げる」といった効験があると信じられていたという説もあります。金属が体に触れることで健康や幸運をもたらすと考える風習は古くから存在しましたが、これも主に後の時代の船乗りの間で語り継がれたもので、チューダー朝期に一般的だったわけではありません。
いつから船乗りとイヤリングが結びついたのか
船乗りと金のイヤリングの結びつきが強まったのは、むしろ17世紀以降、特に18世紀から19世紀の帆船全盛期にかけてのことです。長い航海を生き延た証しや、赤道通過・好望角回航などの偉業を成し遂げた勲章のような意味合いで、一部の船員がイヤリングをつけるようになりました。海賊のイメージと結びついたのもこの頃です。
まとめ
「チューダー朝の船乗りは皆イヤリングをつけていた」というのは、あくまで後世に形づくられたロマンチックなイメージだと言えます。当時の水兵の実際の装いを知るためには、絵画や発掘された遺物といった一次史料に基づいて見ていくことが大切です。伝説も魅力的ですが、歴史の真実はそれ以上に興味深いものです。