「アステカ族」という民族は実在しなかった
意外に思われるかもしれませんが、「アステカ族」と呼ばれる単一の民族集団は、実際には存在しませんでした。この名称は、16世紀に現在のメキシコ一帯を植民地化したスペインのコンキスタドール(征服者)たちが、現地のナワ語を話す諸民族――いわゆるナワ系の人々全体に一括りに付けた便宜的な呼称です。
つまり「アステカ」とは、特定の一つの部族や国家を指す言葉ではなく、征服者の視点から作られた誤った総称だったのです。
正しい呼び名は「メシカ(Mexica)」
当時の人々の子孫や、多くの現代の歴史学者たちは、この民族を「メシカ(Mexica)」と呼んでいます。メシカは14世紀初頭、テスココ湖の中洲に都市国家テノチティトランを建設し、やがて中央メキシコ最大の勢力へと発展しました。「メキシコ」という国名も、実はこのメシカの名前に由来しています。
ちなみに「アステカ」という言葉自体は、伝説上の故郷「アストラン(Aztlan)」に由来するものであり、19世紀以降に学術用語として広まったという経緯があります。
メシカ人の人口はどれほどだったのか?
スペイン人が到来した当時のメシカ人の正確な人口は、信頼できる統計が残されていないため、はっきりとは分かっていません。ただし、推定では数百万人規模に達していたと考えられています。
参考までに、当時の首都テノチティトランだけでも20万人前後が暮らしていたとされ、世界有数の大都市でした。また、中央メキシコ全域の人口については、600万人から2,500万人という幅広い推計があり、当時のヨーロッパ主要国に匹敵する規模だったとも言われています。