古代の歴史

16世紀アイルランドにおける「ヒベルニコス教会」と「アングリコス教会」の違いとは?

「エクレシア・インター・ヒベルニコス・エト・アングリコス」とは

16世紀のアイルランドでは、「ecclesia inter hibernicos et anglicos(アイルランド人とイングランド人の間の教会)」というラテン語表現が用いられ、当時この地に並存していたキリスト教の二つの異なる教派を指していました。すなわち、アイルランド教会(ecclesia inter hibernicos)とイングランド教会(ecclesia inter anglicos)です。

アイルランド教会(ヒベルニコス)

アイルランド教会は、5世紀にキリスト教がこの島にもたらされて以来、アイルランドで受け継がれてきたカトリック教会でした。アルマ大司教を筆頭とし、イングランド教会とは一線を画す独自の慣習、儀式、伝統を有していました。

イングランド教会(アングリコス)

一方、イングランド教会は、16世紀のイングランド宗教改革後にアイルランドで確立されたプロテスタント教会でした。ダブリン大司教を長とし、イングランド国教会の教えに従うものでした。

両教会の主な違い

16世紀アイルランドにおける両教会の間には、以下のような重要な相違点がありました。

  • 教義: アイルランド教会はカトリック信仰を堅持したのに対し、イングランド教会はプロテスタント信仰を採用しました。
  • 言語: アイルランド教会は礼拝や儀式にアイルランド語を用いた一方、イングランド教会は英語を使用しました。
  • 慣習と伝統: アイルランド教会には、イングランド教会とは異なる独自の慣習と伝統が根付いていました。

対立とその影響

こうした相違により、16世紀アイルランドでは両教会の間に深刻な緊張と紛争が生じました。イングランド政府はアイルランド教会を抑圧し、イングランド教会をアイルランドの人々に強制しようとしましたが、アイルランドの人々はこれに強く抵抗しました。この宗教上の対立は、後の1641年アイルランド反乱の主要な要因の一つとなったのです。