強制収容所の起源はボーア戦争にさかのぼる
強制収容所(コンセントレーション・キャンプ)という概念が初めて大規模に使用されたのは、20世紀初頭、イギリスとボーア人(オランダ系移民の子孫)が南アフリカで争った第二次ボーア戦争(1899年〜1902年)においてです。
当時イギリス軍は、ゲリラ戦術を駆使して抵抗するボーアのコマンド部隊を効果的に制圧できずにいました。そこでイギリスは焦土作戦として農場や家屋を焼き払い、戦火によって住む場所を失った民間人——主に女性や子ども、老人——を強制的に収容する方針を採用しました。
過酷な実態と大量死
これらの収容所は、あくまで民間人の管理と統制を目的としたものでしたが、その実態は極めて劣悪でした。食料や医薬品の供給が不十分で、衛生状態も悪く、過密な環境の中で赤痢やチフスなどの伝染病が蔓延しました。
その結果、収容された約11万7千人のボーア人市民のうち、2万人以上が死亡したとされています。この惨状は、イギリスの社会運動家エミリー・ホブハウスによる調査報告によって世界に知られることとなり、国内外から大きな批判を浴びました。
歴史に残した教訓
なお、類似の政策としては、それ以前の1890年代にスペインがキューバ独立戦争で「再集中化(reconcentración)」と呼ばれる民間人強制移住を行った例もありますが、「強制収容所」という言葉と制度を広く定着させたのはイギリスでした。
この悲劇的な歴史は、戦時における民間人の扱いがいかに容易に人道的危機につながりうるかを示す教訓として、後世に語り継がれています。