ブリーズブリュック=ラインハイム欧州考古学公園は、ケルトおよびガロ=ローマ文明の足跡が色濃く残る地として、フランス・モゼル県の独仏国境沿いに位置しています。古代、ローマ帝国は最盛期にヨーロッパの大部分を支配し、その勢力圏は現在のドイツ東部にまで及んでいました。今日、この公園はケルト時代の墳墓、小さな町(ウィクス)、そしてガロ=ローマ様式のヴィラ(邸宅)という三大遺構で構成されています。
公園の歴史
最初の発掘調査は1906年、ドイツ側のラインハイムで行われ、ガロ=ローマのヴィラが部分的に発見されましたが、当時は再び埋め戻されてしまいました。ところが、1954年にケルト墓から貴重な副葬品が、続いて1971年にはガロ=ローマの集落が、いずれも偶然にも発見されます。きっかけとなったのは、ブリーズ川流域の砂採掘場での採土作業でした。
直ちに緊急の救済発掘が実施され、職人地区の全域、浴場(テルマエ)、さらには「ケルトの王女」と呼ばれる豪華な墓が次々と姿を現しました。同時にドイツ側でもヴィラの発掘調査が再開されました。
現在、この考古学公園は、ケルト墓とヴィラをザールラント州が、集落と浴場をモゼル県県議会がそれぞれ管理する形をとっています。両管理者は国境の両側に博物館スペースを設け、訪問者にこの仏独共同の遺跡サイトについて分かりやすく解説しています。
ブリーズブリュック=ラインハイム欧州考古学公園のみどころ
ドイツ側:ケルトの王女の墓とローマのヴィラ
ドイツ側におけるこの地域最古の定住の痕跡は紀元前4世紀にさかのぼり、当時の上流社会に属していたケルト人女性の墓が確認されています。現在、3基の墳丘墓からなる復元されたネクロポリス(墓域)を見学でき、そのうちの一つには実際に入ることが可能です。内部では復元された埋葬室に、出土した宝飾品のレプリカや、あの世での生活に必要とされた品々(食器、角製の酒杯、水差しなど)が展示されています。
これら精巧に加工・装飾された遺物の数々は、ケルトの職人たちの卓越した技術と、「野蛮」とみなされがちだったこの文明が持つ高度な知識を雄弁に物語っています。
発掘調査では、3世紀のヴィラも明らかになりました。52もの部屋を備え(平面図に加えて上層階の存在も想定されます)、私設浴場、装飾用の池、ハイポコースト(床下暖房)式の暖房室、壁画、そして広大な囲われた敷地を有することから、おそらく裕福な名門貴族の所有だったと考えられています。邸宅全体は5ヘクタールに及びます。周壁に囲まれた中庭には、壁に沿って各辺12棟の附属建物が配置されており、これらは農場経営に用いられた施設(納屋、牛舎など)だったと推測されます。
また、存在が実証されているローマ街道がこの建造物のそばを通っており、道沿いには木と土で再現されたケルトの家屋が立ち並び、年間を通じてさまざまなイベントの会場となります。
さらに、ドイツ側専用の博物館スペースも建設されており、これらの発見にまつわる歴史を訪問者に丁寧に解説しています。
フランス側:ガロ=ローマの集落「ウィクス」
フランス側では、2世紀から3世紀にかけて栄えたガロ=ローマの村「ウィクス(vicus)」の一部が発見されました。浴場の遺構は、各空間の特徴を尊重した演出によって整備され、フォルム(公共広場)や住居の遺構とともに公開されています。
これらの住居は、現在の県道の下を通っていたローマ街道の両側で部分的に発掘されており、こぢんまりとした造りながら、上層階を持つ建物だったと考えられます。各住居の裏手には庭が設けられ、便所(ゴミ捨て場を兼ねた穴)が併設されていました。
道路の西側では、発掘調査を通じてウィクスの生産・商業拠点としての性格が明らかになりました(一部の住居から多数のかまどが出土していることがその証左です)。家々は柱廊(ポルティコ)に面しており、店先として活用されていました。一部の建物には地下室が備わり、地下窓や壁龕(ニッチ)が設けられ、住民はそこでローマの神々を祀っていたとみられます。一方、道路の東側では、宿屋として機能していたと考えられる住居が近年になって明らかになりました。
また、陶器工房と2基の陶窯、さらにパン焼き窯が復元されており、ガロ=ローマ人の暮らしや生業を実際に体験できます。博物館スペースでは毎年、ローマ街道や神々、発掘の歴史などをテーマとした企画展が開催されています。さらに毎年、歴史再現イベントが行われ、遺跡の魅力を高めるだけでなく、古代の工芸技術の検証・実践の場ともなっています。
国境を越えた公園の管理運営
かつて単一の帝国の一部であった遺跡が、現在は仏独両国にまたがって存在するため、その管理は複雑なものになっています。各機関がそれぞれ担当区域の管理、ガイドの雇用、イベントの開催を行う一方で、全体の運営は共同で進められています。
この管理体制で特に興味深いのは、遺構への保存・修復に対する両国の異なるアプローチです。フランス側では、出土した遺構を覆いかぶせる構造物によって保護・修復し、オリジナルの部分を守るとともに、古代の部分を見分けられるよう視覚的に明確な区分が施されています。
一方、ドイツ側では、同じ材料を用い、元の規模を忠実に守りながら、旧遺構の上に建物を再建しています。これは、ガロ=ローマのヴィラが全体としてどのような姿だったのかを、来館者により深く理解してもらうためです。
アクセス情報
【フランス側】
住所:1 rue Robert Schuman, 57200 Bliesbruck
電話:03 87 35 02 20
開館期間:3月15日~10月31日/毎日10時~18時
詳細は公式サイトへ:
www.archeo57.com