考古学的発見

ローセルのヴィーナス――バイソンの角を持つ女性を描いた謎めいた旧石器時代のレリーフ

1908年、人類学と先史学に情熱を傾けていたフランスの医師ジャン=ガストン・ララン(Jean-Gaston Lalanne)は、考古学的な遺物の痕跡を追い求めていた。フランス南西部ドルドーニュ県のコミューン、マルケに属する「ローセル(Laussel)」と呼ばれる場所には岩陰遺跡があり、ラランはそこを借り受けることを決めた。

ローセルのヴィーナス――バイソンの角を持つ女性を描いた謎めいた旧石器時代のレリーフ

彼はすぐさま発掘調査を開始し、レイモン・ペイリーユ(Raymond Peyrille)が率いる作業員の一団を雇い入れた。調査は数年にわたって続けられた。

発見の経緯

1911年、ラランの粘り強い努力はついに実を結ぶ。岩肌に彫り込まれたレリーフが次々と姿を現し始めたのだ。その内容は、さまざまな旧石器時代の「ヴィーナス像」や、多種多様な動物を描いたものであった。

しかし、そのうちの一点、いわゆる「ベルリンのヴィーナス」をめぐって問題が発生した。ペイリーユがラランに無断でこの作品をベルリンの博物館へ売り払ってしまったのである。ペイリーユは通報されて有罪となったが、博物館側は返還を拒んだ(この作品は第二次世界大戦の混乱の中で失われたと考えられている)。

そして1911年12月初旬、発見されたヴィーナス像の中でも最も奇妙なものが現れた。それは、手にバイソンの角を持つ女性を表した浮き彫りだった。出土した地層からはグラヴェット文化期の石器や骨器も併せて見つかっており、この像は約2万5000年前の同時期に制作されたと推定されている。

ラランは石を切り出すことで像を岩盤から取り出すことを決めたが、この作業は極めて杜撰に行われ、場所によっては厚さわずか0.5センチメートルほどしか残らなかったという。

切り出された像は、ル・ブスカ(Le Bouscat)にあったラランの私設博物館へ移された。1960年までそこで保管された後、家族の手によってコレクション全体がボルドー考古学博物館(現在のアキテーヌ博物館)へ寄贈されたのである。

ローセルのヴィーナスの特徴

石灰岩のブロックに浮き彫りとして彫られ、赤色オーカーで彩色された「ローセルのヴィーナス(Vénus de Laussel)」は、縦54センチメートル×横36センチメートルの大きさを持つ。正面を向いた女性像が、右手に何かを掲げ持つ姿が描かれており、その持ち物は一般にバイソンの角だと解釈されている(ワルデマール・デオンナの説に基づく)。

特に注目すべきは、角に刻まれた13本の刻み目である。一部の専門家は、これが月の満ち欠けの周期、あるいは月経周期を表している可能性を指摘している。

一方、左手は腹部に添えられており、妊娠していることを示唆しているのかもしれない。髪と思われるものが左肩にかかり、顔は持った角の方へ向けられている。旧石器時代のヴィーナス像に共通する特徴として、乳房や腰などの部位は誇張的に表現される一方で、足や顔といった細部は省略されている。

ローセルのヴィーナス――バイソンの角を持つ女性を描いた謎めいた旧石器時代のレリーフ

角の意味をめぐる諸説

三日月説

学者リアン・アイズラー(Riane Eisler)は、彼女が持っているのはバイソンの角ではなく三日月であり、13本の刻み目は1年間の月の運行サイクルに対応すると主張している。さらにアイズラーは、「ローセルのヴィーナスは、若い女性や出産する女性たちの守護者であった可能性が高い」と述べている。

豊穣のシンボル説

リチア・フィリンジェリ(Licia Filingeri)の見解によれば、角そのものが充満や生命の豊かさを意味するしるしであり、豊穣の角(コルヌコピア)のシンボルはおそらくここから派生したという。また、角は豊穣をつかさどる最高神「大いなる母」と深く結び付けられた存在でもあった。

儀式の場だったのか

エドゥアルド・リポル(Eduardo Ripoll)は、このヴィーナス像が男性の像(こちらもラランによって別個に切り出された可能性がある)と対をなしていると指摘する。男性像は片腕を高く上げた姿勢で描かれており、儀式的な行為を行っている場面と考えられるという。

実際、遺跡で発見された5つのレリーフの配置から、この場所が一種の聖域であったと考える研究者もいる。残る4つのレリーフとは、前述の「ベルリンのヴィーナス」(これも角を持つ女性だった)、「狩人」と呼ばれる腕を上げた男性像、帽子をかぶったヴィーナス像、そして絡み合う二人の人物像(おそらく愛の営みを表す)である。

屋外に残された先史美術の証明

いずれにせよ、今日この像は一般的に豊穣の象徴として解釈されている。また、「ローセルのヴィーナス」は、屋外に存在する先史時代美術の貴重な例の一つでもある。美術史家フレッド・S・クライナー(Fred S. Kleiner)によれば、この事実は「旧石器時代の芸術はすべて、神秘に包まれた暗い洞窟の奥から生まれたという通説は誤りである」ことを示しているのだ。