ワット・パンラオ寺院遺跡とは
ワット・パンラオは、タイ北部チエンマイ県のウィアン・クムカーム遺跡群に含まれる考古学遺跡です。ターワンタン通り沿い、旧市域北側の外縁部に位置し、ピン川から東へ約900メートルの場所にあります。発掘調査により計11基の建物基壇が確認されており、ラーンナー王朝時代の仏教寺院跡と考えられています。
なお、ウィアン・クムカームは13世紀末、メンラーイ王がチエンマイへ遷都する前に築いた古都であり、ピン川の氾濫による土砂堆積で一時埋没した歴史を持ちます。ワット・パンラオもまた、そうした埋没寺院のひとつです。
立地と現在の環境
遺跡周辺は現在すでに住宅地化されており、未発掘の遺構の一部が近隣住民の敷地内に残存している可能性があると指摘されています。
地理・地質条件
標高は海抜304メートル。最寄りの水路はピン川です。地質学的には河成平野に属し、完新世に砂礫が堆積して形成された土地です。
時代区分
考古学的には歴史時代に区分され、文化圏はラーンナー期。建立年代は仏暦21~22世紀(西暦15世紀後半~17世紀頃)と推定されています。
寺院名の由来
「パン」という名称については、「パン(千)」の語が軍事組織または貴族の位階を意味していた可能性が指摘されています。このことから、ワット・パンラオは「ラオ」という名の武官ないし貴族の帰依によって建立・保護された寺院ではないかと考えられています。
発掘調査で明らかになった11の遺構
タイ芸術庁は2002年(仏暦2545年)に発掘調査を実施し(芸術庁、2005年:92頁)、11基の建物基壇を検出しました。各遺構は1~11号に整理され、以下のような特徴を持ちます。
1号・2号:寺院の主要建築(祠堂)の基壇。
3号:逆L字形の平面をもつ建物基壇。講堂のような機能を果たしていたと推定され、木造の屋根組みを粘土瓦で葺いていたとみられます。
4号:長方形平面の建物基壇。西側へ張り出す前廊(ポーチ)が付けられ、3号の建物と連結していました。
5号・6号・7号・9号:互いに連結する遺構群で、煉瓦塀であったと考えられます。開放的な塀だった場合と、屋根付きの回廊状だった場合の両方が想定されます。
8号:仏像を安置するための台座。
10号:長方形平面の礼拝堂(ウィハーン)。一段高くなった基壇を備えています。
11号:性格が特定できていない建物基壇。
構築時期の違い
地層の分析によれば、3~9号の基壇は砂質の堆積層の上に直接築かれているため、後の時代に建設されたグループと判断されます。一方、1号・2号・10号は基壇が低く、創建当初の遺構である可能性が高いとされています。
出土遺物
調査では、仏暦21世紀のラーンナー美術様式による仏頭、植物文様の漆喰彫塑、カンコット(渦巻き状の伝統文様)装飾、階段の端部を飾る欄干装飾など、重要な遺物が出土しました。このほか屋根瓦や建築部材の断片類も確認されています。
年代の推定
美術様式と建築形態の比較研究の結果、ワット・パンラオのある建物の平面プランが、同じくウィアン・クムカーム内にあるクアイ・シー寺院のそれと一致することが判明しました。この様式は仏暦21世紀頃のものであり、さらに北側で発見された井戸がフアノーン寺院の遺構群と類似していること、出土遺物の様式などを総合すると、ワット・パンラオは仏暦21~22世紀(西暦およそ16~17世紀)に建立された寺院であると結論づけられています。
執筆:Chaiwat Sirisumsuwan(チャイワット・シリサムスワン)