ウボソット寺院(ワット・ウボソット)とは
ウボソット寺院(Wat Ubosot/ワット・ボートとも呼ばれます)は、タイ北部のピン川から東へ約300メートル、ワット・パーポーの北東約100メートルの地点に位置する、放棄された古代寺院跡です。発掘調査が行われる以前、この遺跡は小高い塚として残っており、その姿が仏堂(ウボソット)に似ていたことから、地元の人々によって「ウボソット寺院」と呼ばれるようになりました。
現在、遺跡の周辺一帯は民間の庭園や住宅地として利用されています。
遺跡の基本情報
- 標高:海抜約303メートル
- 水系:ピン川
- 地質:完新世に砂礫が堆積した河成盆地
- 考古学的時代:歴史時代
- 文化圏:ランナー期
- 年代:仏暦21~22世紀(およそ16~17世紀)
- 遺跡種別:宗教施設
遺跡の沿革と発掘調査
この寺院は廃絶した古代遺跡であり、歴史文献には一切その名が現れません。「ワット・ボート」という名称も、発掘前に見られた仏堂状の塚に由来する村人たちの呼称にすぎません。
タイ芸術局による正式な発掘の前にも、村人たちが独自にこの遺跡を掘ったことがあり、大量のお守りや宗教関連の遺物が出土したといわれています。その後、芸術局は1999年から2000年にかけて学術的な発掘調査を実施しました(芸術局2005年:81~83頁)。
発掘の結果、遺跡は仏堂(ヴィハーラ)と仏塔(チェーディー)という二つの主要な構造物から成ることが明らかになっています。
建築的特徴
1. ヴィハーラ(仏堂)
ヴィハーラは長方形平面を持つホール型の仏堂で、6組の柱が立ち並び、柱の基礎にはラテライト(紅土岩)が用いられています。出入口は正面に2か所、背面に1か所設けられ、背面部分には本尊仏像を安置するための「チュクチー」と呼ばれる基壇が設けられていました。また、ヴィハーラの端部では煉瓦積みの壁が確認されており、前面と背面の両側には階段が設けられていました。屋根は木造骨組みで粘土瓦により葺かれており、これは仏暦21世紀頃のランナー地方で広く普及していた建築様式と一致します。
興味深いことに、このヴィハーラには2時期にわたる増改築の痕跡が認められます。後の時代に基壇外側の木部上方が盛土によって拡張されましたが、堂内の床面は外側のように高くされていませんでした。
2. チェーディー(仏塔)
チェーディーはヴィハーラの背面から約1.60メートル離れた位置にあり、現在は方形平面の下部基壇のみが残っています。発掘成果から推定すると、塔の形式は鐘形の塔身の上に頂部を戴くタイプであったと考えられます。仏塔の南側と西側からは2基の祭壇が検出されましたが、これらはウィアン・クムカーム域内の他の古代遺跡で見つかった祭壇と同型のものであり、年代は仏暦20~22世紀に求められます。
出土した遺物
発掘調査では、多岐にわたる貴重な遺物が出土しました。
- 陶磁器:ランパン窯、サンカンペーン窯、ウィアン・カローン窯産の土器類に加え、明代(仏暦1911~2187年=西暦1368~1644年)の中国磁器。白く磨き上げられた胎に、釉下の染付と緑釉で文様が施されています。
- 砂岩製仏像
- スタッコ(漆喰)彫刻:王の衣装をまとった天人の頭部を表すもので、ワット・チェット・ヨートの「プッタローム・マハーウィハーン」にある天人像(仏暦21世紀初頭)と比較できます。
- 粘土製仏像:シップソーン・パンナー(十二版納)様式のもので、この様式はハリプンチャイ期からランナー期にかけて継続的に作られました。
- 銘文煉瓦:特に重要なのが、カム文字とタイ文字で銘文が刻まれた煉瓦10枚です。その大部分は仏暦21世紀のものとされます。
年代の推定
遺構と遺物の双方から得られる証拠を総合すると、ウボソット寺院は仏暦21世紀初頭から22世紀初頭にかけて建立されたものと推定されています。
関連資料
本遺跡に関連する碑文としては、カム文字とタイ文字で書かれた煉瓦銘文10点が知られており、いずれも仏暦21世紀に属します。
出典:Chaiwat Sirisumsuwan