「エジプトのノート」シリーズ第6回となる今回は、テーベ(現ルクソール)の墓壁画を研究する調査チームが、壁画の厳密な研究を可能にする科学的画像撮影技術について詳しく紹介します。これらの技術によって、古代の画家たちの制作技法に関わる数多くの細部を明らかにすることができます。
ハイパースペクトル(超分光)画像記録装置:この技術は、イメージングと分光分析を組み合わせたものです。通常のカメラが赤・緑・青の3つの波長帯域で画像を記録するのに対し、ハイパースペクトルイメージングでは、可視光から近赤外領域(400nm〜1000nm)にわたる非常に多数の波長帯域を測定できます。
科学イメージング技術は、私たちの身近なさまざまな場面で日々その威力を発揮しています。犯罪捜査現場で紫外線ライトを使う警察官や、X線で診断を行う医師にとって、それらはもはやごく当然の手段となっています。ルクソールのエジプト墓壁画の調査では、ソルボンヌ大学・CNRSの分子・構造考古学研究所(LAMS)と、リエージュ大学の欧州考古測定センターからなる研究チームが、赤外線を検出できるよう改造したカメラと、顔料が光をどのように散乱させるかを高精度で測定できるハイパースペクトル分析装置を採用しました。
ハイパースペクトル画像記録装置:この技術はイメージングと分光分析を組み合わせたものです。通常のカメラが赤・緑・青の3帯域で画像を記録するのに対し、可視光から近赤外(400nm〜1000nm)に至る非常に多数の波長帯域を測定できます。©MAFTO-LAMS/CNRS
カーボンブラックは可視光も赤外線もすべて吸収する
画家たちが用いた顔料の一つ、カーボンブラック(炭素黒)は、こうした技術で得られる画像に容易く現れます。炭素は測定時に用いる可視光と赤外線をほぼ完全に吸収するためです。この特性のおかげで、絵画層の下に隠れた黒い下書き線を観察でき、わずかな痕跡しか残っていない場合でも、その存在を見つけ出すことができます。
絵画層の大部分は、制作から約3500年を経た今もきわめて良好な状態で保存されています。ところが黒い線については特異な現象が確認されています。絵具が壁面から剥離してしまい、まるで「幻のような痕跡」だけが残っているのです。その結果、ヒエログリフの文章が読み取りにくくなったり、人物像の輪郭が消えてしまったりすることもあります。写真、さらに効果的なのはハイパースペクトル画像に対する統計処理を行うことで、失われたはずの文字や輪郭を浮かび上がらせることができるのです。
ナフタモンの墓の壁面写真。取得したハイパースペクトル画像の処理によって、現在ほぼ消滅しているヒエログリフの大部分を読み取れるようになりました。©MAFTO-LAMS/CNRS
青は赤外線で見るだけでいい
エジプトブルー(エジプト青)と呼ばれる顔料には、鉱物質としては極めて珍しい特性があります。可視光を当てると、赤外線を発するのです。この現象は「ルミネセンス(発光)」と呼ばれ、その強度は非常に高いため、肉眼では青色がまったく見えない状態でも、この顔料の微量な痕跡を検出できます。
この特性は、エジプトブルーに新たな技術的価値をもたらしました。近年の研究者たちは、光通信分野における増幅器やレーザー製造への応用を模索しています。こうした知見に基づき、米国ローレンス・バークレー国立研究所エネルギー部門の研究チームは、『Journal of Applied Physics』誌に論文を発表しました。それによると、エジプトブルーを工業用塗料として使えば、直射日光にさらされる屋根を冷却でき、エアコンのエネルギー消費を抑えられる可能性があるといいます。今日の物理学者や化学者は、過去に生み出された素材に改めて注目し、驚くべき新しい用途を次々と見出しているのです。
この現象をエジプト墓壁画の調査に応用する際には、赤外線を放出しないLED照明で作品を照らします。そこへ赤外線を捉えられるよう改造したカメラを向けると、エジプトブルーのルミネセンスを瞬時に検出できます。こうして得られた画像から、壁面上における青色顔料の分布が明らかになるのです。
心臓の計量の試練に挑むナフタモン。古代エジプトでは、心臓は感情と判断の座であると考えられていました。死の時、心臓は羽根よりも軽くなければならず、ナフタモンはこの試練に合格し、翼を羽ばたかせて天に昇ります。オシリスの前に正当な者として立ち、半神的な存在へと変貌を遂げたのです。©MAFTO-LAMS/CNRS
同じ場面を赤外線で捉えた画像。白く輝くのはルミネセンスを放つエジプトブルー、黒く沈むのはあらゆる赤外線を吸収するカーボンブラックです。画家は翼の動きで巻き起こる空気を表現するため、鋭い筆致の青を用いました。©MAFTO-LAMS/CNRS
「エジプトのノート」バックナンバー
- 第1回:古代エジプトの画家たちはどのように仕事をしていたのか?
- 第2回:ナフタモンの葬祭礼拝堂を発見する
- 第3回:エジプト絵画の顔料
- 第4回:壁画の現代的な記録方法
- 第5回:ラムセス2世の「永遠の記念碑」を再発見する
- 第6回:光で顔料を明らかにする――見えるものと見えないもの
- 第7回:映像を通して研究を体験する
- 第8回:ネブアモンとイプウキの墓壁画研究の始まり
- 第9回:アメンホテプ3世時代、二人の画家が共有した墓
- 第10回:古代エジプトの芸術家アメヌアフスの墓が明かすもの
- 第11回:エジプトのミイラにほどこされた奇妙な利用法
- 第12回:「どうしてみんな、ここに来てくれないの?」
- 第13回:エジプト人はなぜ人物を横顔で描いたのか?
- 第14回:エジプトの墓に見る職人技の観察
- 第15回:エジプトの香水をめぐって
- 第16回:エジプトのパレットを彩る色
- 第17回:エジプト語には「芸術」を指す言葉が存在しない
- 第18回:エジプトで学術調査に従事するある一日