考古学的発見

ボリビアに返還された15世紀の少女ミイラ、アイマラ語で「根」を意味する「サフィ」と命名される

ボリビアに返還された15世紀の少女ミイラ、アイマラ語で「根」を意味する「サフィ」と命名される

2021年8月9日、ボリビア政府は2年前に母国へ返還された15世紀の少女のミイラに、新たな名前「サフィ(Saphi)」を授けた。アイマラ語で「根」を意味するこの名前は、それまでケチュア語で「王女」を意味する「ニュスタ(Ñusta)」と呼ばれていたミイラにとって、大きな転換点となるものであった。象徴性の高い厳かな式典が執り行われた。

130年の時を経て故郷へ――ミイラの波乱の生涯

この少女のミイラの歴史は、1890年にさかのぼる。当時、あるアメリカ人がボリビアのラパス南方で少女のミイラを発見し、アメリカへ持ち帰った。以後約130年間、ミシガン大学博物館に所蔵され続けていたが、2019年についに出身地であるボリビアへ返還された。そして返還から2年後の2021年8月9日、ボリビア政府はこのミイラを再び脚光を浴びさせるべく、「サフィ」と改名することを決定したのである。

ティワナク文明とパカヘス首長国に生きた少女

紀元7世紀頃、アイマラ文化に属するティワナク文明はアンデス地方で繁栄を極めたが、11世紀に崩壊し、いくつかの領主国家へと分裂した。その一つがパカヘス首長国であり、発見された少女もここに属していたとみられている。パカヘスはチチカカ湖からオルロにかけて勢力を誇った。推定8歳ほどだったこの少女は、15世紀前半に生きていたと考えられている。彼女の遺体は、先インカ文明特有の建造物である「チュリパ(chullpa)」から発見された。

少女は先インカ時代の貴族だったのか

チュリパとは、円形または長方形の塔の形をした葬祭用建造物で、アイマラ文化の典型的な遺構である。最も重要なものはチチカカ湖南岸、とりわけペルーのプーノ近郊にあるシルスタニ遺跡で見られるが、ボリビア全土にも分布している。クスコ地方を出自とするインカ人自身も、15世紀にチチカカ湖地域を征服してアイマラ系諸民族を服属させた後、チュリパを建造するようになった。

チュリパで発見されるミイラの多くは、カシーケ(地方首長)と呼ばれる現地の指導者たちであり、貢物が捧げられ、その遺体は霊廟に埋葬され封印された。時には著名な死者の家族も共に埋葬されることがあった。パリ第1大学(パンテオン・ソルボンヌ)の元教員でアンデス考古学の専門家であるパトリス・ルコック氏は、科学誌『Sciences et Avenir』の取材に対し、「こうしたことから、少女はカシーケの一族に属していた可能性が高い」と指摘する。これは、貴族階級に特徴的な三つ編みの髪型によっても裏付けられるという。

生贄ではなく「自然死」を遂げた少女

インカには若者を犠牲に捧げる習慣があり、その犠牲となった子供のミイラも数多く発見されている。しかし、サフィの場合は事情が異なる。インカにおける人身供犠は、新しい皇帝(インカ)の即位や地震などの自然災害といった際に断続的に行われるもので、神聖な山の頂上で執り行われていた。一方、サフィはラパス南方のチュリパから発見されている。チュリパとは、「自然な」死を迎えた個人を安置し、敬意を払うための場所なのだ。

副葬品が語る当時の暮らしと研究の価値

チュリパの中では、死者は胎児のような姿勢で何層もの衣類や布に包まれ、供物や身の回りの品々とともに安置される。コカの葉、チチャ(トウモロコシを原料とする伝統的な酒)、装飾品、陶器などである。中でも陶器は研究者にとって格別に貴重な情報源だ。豊富な経験を持つルコック氏によれば、「陶器の性質、様式、さらには形状から、ミイラの出自となる文化を推定でき、ミイラ本体を傷つけるリスクを冒すことなく死亡年代を特定できる」という。

さらに、歯や毛髪の分析を行えば、生活様式や死因をより詳しく特定することも可能だ。ただしルコック氏は、チュリパが略奪の対象となってきたため、現在ではミイラの発見自体が非常に稀になっており、またサフィが持つ神聖な性格を考慮すれば、こうした分析が実際に行われるかどうかは不明だと語っている。

政治的思惑が絡む命名式

命名式はアイマラの伝統を尊重して執り行われた。木製の祭壇が設けられ、神聖な動物であるラマの胎児、コカの葉、香、チチャなどが、大地の母「パチャママ」への供物として捧げられた。ボリビアの大統領と副大統領が演説を行ったが、儀式そのものは、ティワナク文明由来の四つの突起を飾った白い頭飾りを着けたアイマラの司祭たちによって執り行われ、説教は先住民の言語で述べられた。「これはアイマラの典型的な儀式です。アイマラには、子どもが1歳になったときに名前を授ける伝統があります」とルコック氏は説明する。

この式典は、8月9日の「世界先住民の日」に合わせてボリビア政府が企画したものだった。エボ・モラレス氏の政治的後継者であるルイス・アルセ大統領は、2006年から政権を担ってきた(2019年から2020年の短い中断を除く)「社会主義運動(MAS)」党の出身であり、同党は先住民コミュニティの解放と多民族国家の樹立を掲げている。式典は、サフィをボリビアの先住民性と先インカ起源の象徴として称える絶好の機会となったのである。

社会人類学博士のエリーズ・ガデア氏は、「アイマラ文化はMASのメンバーによって頻繁に利用されています」とコメントする。アイマラ人は15世紀にインカに征服されたが、その文化が今日まで存続していることは、同党の脱植民地主義的な言説と呼応し、インカの征服に対するボリビア先住民の強靭さを浮き彫りにする。ケチュア語がインカの子孫たちの言語である以上、ミイラのケチュア語の名前を「根」を意味するアイマラ語の名前に置き換えたことには、深い意味が込められているのだ。