歴史上の人物

印象派の女性画家ベルト・モリゾの生涯と作品

ベルト・モリゾ(Berthe Morisot、1841年~1895年)は、フランスの画家であり、印象派運動を代表する女性アーティストです。特に女性や子ども、家庭内の穏やかな日常風景を描いた作品で高い評価を受けています。

第1回印象派展への参加

印象派の女性画家ベルト・モリゾの生涯と作品

シェール県知事を父に持ち、画家ジャン・オノレ・フラゴナールの大姪にあたるベルト・モリゾは、1841年1月14日、フランス中部の都市ブルジュに生まれました。1852年に家族とともにパリへ移住すると、16歳の頃から二人の妹たちと一緒にデッサンを学び始め、まもなく絵画の本格的なレッスンにも取り組みます。

1861年からは、妹エドマとともにバルビゾン派の巨匠ジャン=バティスト・カミーユ・コローに師事しました。ベルトはいくつかの公式サロンに風景画を出品するなど、着実にキャリアを積んでいきます。転機となったのは1868年、画家エドゥアール・マネとの出会いでした。彼女はマネのモデルを務めるようになり、やがて公式サロンを離れて、ルノワール、モネ、シスレーら独立系(後の印象派)の画家たちの仲間に加わります。

1874年に開催された第1回グループ展には、ベルトを含む30名の作家が約200点の作品を出品しました。以降、彼女は印象派の展覧会にすべて参加し、運動の中核を担う存在となっていきます。

「無職」と記された画家の人生

印象派の女性画家ベルト・モリゾの生涯と作品

1874年、ベルトはエドゥアール・マネの弟ウジェーヌ・マネと結婚し、後に娘ジュリーをもうけました。夫ウジェーヌは1892年に亡くなりますが、同じ年、ベルトは自身初となる個展を開催しています。彼女は生涯を通じて、女性や子ども、家族の情景を中心に数多くの作品を描き続けました。

1895年2月、ベルトは病に倒れます。そして同年3月2日、肺炎のため54歳でこの世を去りました。彼女の作品の多くは、友人でもあった画家ドガ、モネ、ルノワールに遺贈されています。娘ジュリーの後見は、親友で詩人のステファヌ・マラルメに託され、絵画教育についてはピエール=オーギュスト・ルノワールがその役割を担いました。

豊かな創作活動と数々の展覧会の実績を持ちながらも、皮肉なことに彼女の死亡診断書には「無職(sans profession)」と記されていたといいます。当時の社会における女性画家の立場の困難さを物語るエピソードとして、今日でも語り継がれています。