歴史上の人物

カリベール2世(606年頃~632年):アキテーヌを統治したメロヴィング朝の王

カリベール2世(Caribert II、606年頃 - 632年)は、メロヴィング朝のフランク王クロタール2世の息子であり、アキテーヌ地方を統治した王として知られています。

王位継承の失敗とアキテーヌへの配置

629年、父クロタール2世が死去すると、カリベールは王位の獲得を試みましたが、失敗に終わりました。結果として、異母兄弟にあたるダゴベルト1世が王位を継承することになります。

ダゴベルト1世は、バスク人の反乱を鎮圧させるという名目のもと、カリベールをアキテーヌ地方へと配置しました。これは、カリベールを政治の中心から遠ざけると同時に、不安定な辺境地域の統治を任せる形となりました。

トゥールーズを拠点とした統治とバスク遠征

カリベールはトゥールーズに拠点を構え、アキテーヌの統治者としての役割を果たしました。そして、バスク人に対する遠征を組織し、反乱の鎮圧に努めました。

急逝とダゴベルト1世による王国再統一

632年、カリベール2世は死去しました。彼の死後、幼い息子シルペリックもまもなく亡くなったため、ダゴベルト1世がフランク王国全体を統べる唯一の王となり、王国は再び統一されることになりました。