カルロマン(715年頃 – 754年)は、フランク王国の実力者シャルル・マーテルの息子であり、のちに国王となる小ピピン(ピピン3世)の兄にあたる人物です。
父の死後の権力闘争
741年に父シャルル・マーテルが死去すると、カルロマンと弟ピピンは、異母兄弟グリフォンによる権力掌握の動きと対立することになりました。この争いの末、グリフォンはついに追放され、王国はカルロマンとピピンによって分割統治されることとなりました。
反乱勢力の鎮圧
カルロマンは反乱を起こしたアキテーヌ地方を討伐してこれを服従させ、さらにドイツ方面の諸部族に対しても遠征を行い、王国の安定と統一に大きく貢献しました。
敬虔な信仰と隠棲
カルロマンは非常に敬虔な人物として知られ、のちにピピンを王として戴冠させることになる司教ボニファティウス(聖ボニファチオ)と親密な関係を築きました。747年、彼は宮宰としての地位を自ら放棄し、修道生活に入ることを決意します。そして754年、その生涯を閉じました。