歴史上の人物

ルイ6世(肥満王)の生涯 ― 中世フランスの武勇の王(1081年〜1137年)

ルイ6世(肥満王)の生涯 ― 中世フランスの武勇の王(1081年〜1137年)

ルイ6世(肥満王)とは

ルイ6世(1081年〜1137年)は、フランス・カペー朝の国王です。「肥満王(ル・グロ)」の異名でも知られる彼は、先代国王フィリップ1世と、ホラント伯家出身の王妃ベルタとの間に生まれました。

結婚と家族

ルイ6世は最初、ロシュフォール家の貴族女性リュシエンヌ・ド・ロシュフォールと結婚しましたが、この婚姻は後に解消され、その後サヴォイア伯家のアデル・ド・サヴォワと再婚しました。アデルとの間には、後の王位継承者となる息子たちが生まれています。

国内統治 ― 男爵たちの反乱を鎮圧

ルイ6世は、戦場において精力的かつ勇敢な王として名を馳せました。王領内では男爵(バロン)たちの反乱を次々と鎮圧し、さらに王国各地の領主たちに対しても王権の優位を押し付けることで、弱体化しがちだったカペー朝の権威を大きく強化しました。彼の治世は、フランス王権強化への重要な転換点と評価されています。

対外関係 ― イングランドと神聖ローマ帝国との対立

対外的にも課題は多く、イングランド王ヘンリー1世や、神聖ローマ皇帝ハインリヒ5世との紛争に直面し、その対応に追われました。両大国との緊張関係の中で、ルイ6世はフランス王国の利益を守るために奔走することとなります。

晩年と死

美食を愛するあまり肥満となっていたルイ6世は、1137年に過食に起因する赤痢(下痢症)のため死去しました。武勇と実務に明け暮れた波乱の生涯を閉じたのです。

後継者ルイ7世

王位は息子のルイ7世が継承しました。興味深いことに、ルイ7世は本来なら修道士となることを望んでいた人物であり、その敬虔な性格は後の治世や第2回十字軍の遠征にも大きな影響を与えることになります。

系譜:フィリップ1世 > ルイ6世(在位1108年〜1137年)> ルイ7世(若年王)