レオポルド・セダール・サンゴール(Léopold Sédar Senghor)とは
レオポルド・セダール・サンゴール(1906年〜2001年)は、セネガル初代大統領を務めた政治家であると同時に、20世紀フランス文学を代表する詩人の一人です。貴族の家系に生まれた彼は、アフリカ人として初めてフランス最難関の教員資格「アグレガシオン」を取得し、詩と政治の両分野で歴史に名を刻みました。
パリ留学とエメ・セゼールとの出会い
サンゴールはセネガルで学業を修め、バカロレア(大学入学資格)を取得します。22歳のときに初めてフランスへ渡り、パリで高等教育を続けました。この時期に出会ったマルティニーク出身の詩人エメ・セゼールとの交流は、彼の思想的な転機となります。二人は後に「ネグリチュード(黒人性)」運動を共同で起こし、黒人の文化的アイデンティティを称える文学運動を世界に広げました。
フランス文学に情熱を注いだサンゴールは古典文学の教授となり、アフリカ人として初めてアグレガシオンに合格するという快挙を成し遂げます。
第二次世界大戦と捕虜生活
第二次世界大戦が勃発すると、サンゴールはフランス軍に志願して従軍しました。しかしドイツ軍の捕虜となり、銃殺刑の危機に瀕することもあったといわれています。過酷な捕虜生活の中でも創作意欲は失われず、数多くの詩を書き綴りました。この体験は、彼の詩作品に深い人間性と希望をもたらすことになります。
政治への転身とフランコフォニーへの貢献
戦後、サンゴールは共産党系の旗印のもとで政界入りし、国民議会議員として活動しました。フランコフォニー(フランス語圏共同体)の発展を強く支持し、独立を果たしたブラックアフリカ諸国とフランスとの橋渡し役を担いました。
セネガル初代大統領として
1960年、セネガルの独立とともに帰国したサンゴールは、共和国初代大統領に選出されます。以降20年にわたり国を導き、1980年には自ら進んで辞任し、首相だったアブドゥ・ディウフに権力を譲り渡しました。アフリカにおいて民主的な政権交代を実現した先駆的な例として高く評価されています。
また1983年には、アフリカ人として初めてアカデミー・フランセーズ(フランス学士院)の会員に選ばれました。
基本プロフィール
生没年:1906年〜2001年
職業:政治家、作家(詩人)