オランプ・ド・グージュ(Olympe de Gouges、本名マリー・グーズ、1748年〜1793年)は、フランス南西部モントーバンの庶民の家庭に生まれた女性文筆家・革命家です。
パリでの文筆活動と社会正義への闘い
1766年に夫を亡くした後、彼女はパリへ移住します。筆名「オランプ・ド・グージュ」を名乗り、数々の著作と政治闘争を通じて次第に名声を確立していきました。彼女が生涯をかけて闘ったのは、あらゆる形の不正義です。とりわけ、当時の社会が女性と黒人に対して犯していた差別や抑圧に強く抗議し、奴隷制廃止や女性の権利向上を訴え続けました。
『女性および女性市民の権利宣言』――フェミニズムの出生証明書
女性こそが政治生活において不可欠な役割を果たすという確信のもと、グージュは1791年に『女性および女性市民の権利宣言』を起草しました。この文書は、男性のみを対象とした「人間および市民の権利の宣言」に対抗するものであり、後世「フェミニズムの出生証明書」と呼ばれています。彼女はこの宣言を王妃マリー・アントワネットに献呈し、男女平等を通じた女性の解放を提唱しました。この功績により、オランプ・ド・グージュは歴史上最初期のフェミニストの一人として位置づけられています。
ロベスピエールへの抵抗と悲劇的な最期
政治的にはジロンド派に近い立場をとったグージュは、新体制樹立の過程で横行する暴力に抗議し、1793年にはロベスピエールに公然と対立しました。とりわけビラ『三つの壺、あるいは祖国の救済(Les trois urnes ou le salut de la patrie)』は、共和制・連邦制・王政の中から選択を問う国民投票の実施を訴えるもので、これが致命傷となりました。
1793年7月20日に逮捕された彼女は、11月2日に死刑を宣告され、翌11月3日、パリの革命広場でギロチン刑に処せられました。45歳でした。恐怖政治のもと、自らの信念を貫いて死んだ彼女の思想は、後の女性解放運動に大きな影響を与え続けています。
プロフィール
生没年: 1748年〜1793年
職業: 文筆家(女性作家)
分類: 革命家