歴史上の人物

米墨戦争「パロアルトの戦い」の死傷者数は?米軍とメキシコ軍の損害を徹底解説

パロアルトの戦いとは

パロアルトの戦いは、1846年5月8日にアメリカ合衆国陸軍とメキシコ陸軍との間で行われた戦闘です。この戦いは米墨戦争(メキシコ・アメリカ戦争)における最初の主要な会戦とされ、テイラー将軍率いるアメリカ軍がアリスタ将軍指揮下のメキシコ軍を破り、アメリカ合衆国の勝利に終わりました。

戦場となったのは、テキサス州ブラウンズビル近郊のパロアルトと呼ばれる開けた草原地帯です。当時の最新鋭であった野砲を活用したアメリカ軍の砲撃戦術が大きな効果を発揮し、数で優勢だったメキシコ軍を圧倒しました。

両軍の死傷者数

アメリカ軍の損害

アメリカ軍の死傷者は比較的少なく、以下の通りです。

  • 戦死者: 約9名
  • 負傷者: 約47名

合計で約56名の死傷者が出たことになります。アメリカ軍が優勢に戦いを進められたことが、この少ない損害にも表れています。

メキシコ軍の損害

一方、メキシコ軍の損害はアメリカ軍を大きく上回りました。

  • 戦死者: 約54名
  • 負傷者: 約110名

合計で約164名の死傷者を出しており、アメリカ軍の約3倍に達します。特に砲撃による被害が大きく、メキシコ軍の士気低下につながりました。

戦いの経過と影響

パロアルトの戦いでは、アメリカ軍が装備していた軽量で機動性の高い「フライング・ガン(飛翔砲)」と呼ばれる野砲が威力を発揮しました。開けた地形での砲撃戦により、メキシコ軍は有効な反撃ができず、夜になると撤退を余儀なくされます。

翌日の5月9日にはレサカ・デ・ラ・パルマの戦いが勃発し、ここでもアメリカ軍が勝利を収めたことで、リオグランデ川以北からメキシコ軍は排除されることになりました。

パロアルトの戦いの勝利は、その後の米墨戦争の展開に大きな影響を与え、テイラー将軍は国民的英雄として称えられました。この戦争の結果、アメリカはカリフォルニアやニューメキシコなど広大な領土を獲得することになります。